覇者「おい、小僧」
光一「なんですか?
第一、あなたが何歳か知りませんが、小僧呼ばわりするのは止めていただきたい」
覇者「お前の主張などどうでもいい。
今は私の話を聞け」
光一「どうでもよくはないですがね……
今日はなんですか? 手短にお願いしますよ雨が降りそうなんですから」
覇者「雨くらい耐えてみせろ」
光一「私は生身の人間なんで、あなたとは違いますから」
覇者「まあ、いい。では手短に話そうではないか」
光一「まったく、偉そうに話しますね」
覇者「当たり前だ。
私は『覇者』なのだぞ」
光一「そんなのどうでもいいですよ」
覇者「なんだと?」
光一「今は『覇者』が偉ぶる時代じゃないんですよ。
まあ、いいや。
さっさと話をしてください」
覇者「鼻をほじりながら聞くな!!
それが人の話を聞く態度か!!」
光一「正直、あなたの話なんてどうでもいいんですよ。
ほら、聞いててあげますから早くしてください」
覇者は、手を震わせていた、槍が微妙に傾いてきているのは、
私を刺すか否か迷っているのだろうか。
一応、偉いヤツらしいので、私もあぐらをかいて、鼻をほじりながら聞いてやることにしていたのだが、
どうもその態度が気に食わないらしい。
しかし、
なかなか話し出さないのは、どうもそれだけが原因ではないようだ。
光一「早くしてくださいよ。
私も暇人ではないんですから」
覇者「むう、わかっておるわ。せかすな」
覇者は、私の方ではなく、別の方に視線をチラチラと送っていた。
私もつられてそちらを見た。
光一「……このドスケベが」
覇者「な、なんだと!!」
光一「動揺しないでください。
それでも『覇者』ですか?」
覇者「むう……」
光一「なんですか?
裸に惹かれたってトコですか?
まったく、褌をもっこりさせて……ただのヘンタイですね」
覇者「だまらんか!!」
光一「ふう、どうやら、話はあちらの方に対してですか?」
覇者は黙り込んだ。どうやら図星らしかった。
こいつにも欲求というものくらいはあるらしい。
覇者はしばらく黙り込んでいた。
雨がちらついてきたので、私は立ち上がり、スタスタと歩きだした。
覇者「待て!!」
光一「なんですか? 話はもう終わってるでしょう?
がんばってください」
覇者「貴様、この状況で手を貸そうとか思わんのか?」
光一「人間以外に興味なんてありませんから」
覇者「神がわざわざ人間ごときに話しておるというのに」
光一「無神論者の私にそんなこといわれても、どうしようもないです。
カルト教団のイカレタあほどもにでも話してください」
覇者「そんな奴らの手など借りとうない」
光一「やれやれ、報酬は?」
覇者「神に手を貸せること自体が報酬だ」
私は背を向け、そのまま立ち去ろうとした。
覇者「何ゆえ立ち去ろうとする!!」
念かなにかを送られたらしく、私は立ち去ろうとした姿勢そのままで動けなくなった。
雨が降り出しているのに傘もさせない。
光一「私は無神論者といったはずですが?」
覇者「わかった。ではこれでどうだ?」
覇者が言うや否や、
私の目の前に水戸の「珈琲哲学」の欲張りパフェ(995円)が現れた。
40センチ以上の巨大なフルーツ満載のパフェだ。
心が揺れてしまう自分を心底悲しいと思った。
覇者「どうだ?
貴様がこのパフェとかいう食べ物が好きなことくらい、神である私にはお見通しなのだ」
く、一応は神……ということか?
光一「まあ、報酬があれば応じてあげますよ。
で、どっちがあなたの好みなんですか?」
よだれが出てくる自分を悟られまいと、背を向けたそのままで覇者に問いかける。
交渉は、常に冷静な方が有利だ。
今は色恋沙汰に目を奪われている覇者の方が、私よりも冷静さを欠いているはずだ。
アドバンテージは私にある。
神を手玉に取るというのも一興だろうと思った。
覇者「両方だ」
私は聞き間違いかと思った。
覇者「どうした?」
ヤツの表情は背を向けている以上見えないが、
首でも傾げているのか?
光一「今、なんと言いました?」
覇者「両方と言ったのだ」
私は金縛りが解けているのを確認すると、
振り返りざまに石を投げつけた。
覇者「貴様、何をするか!!」
覇者が槍を向けてくる。怒りの形相だ。
しかし、私は冷静だった。
冷めた視線で、いや、軽蔑の視線でヤツを見遣った。
覇者「なんだ?」
ヤツも私の視線に、怒気を殺がれているようだった。
光一「一つ言っておく」
覇者「?」
光一「ここは日本だ」
覇者「そうだな」
光一「日本は一夫一妻だ」
覇者「?」
光一「貴様は
『両方』
と言ったな?
そんなことは不可能なんだ」
覇者「私の世界では、複数の妻を持ってもよいことになっておる」
光一「そんなことは私が許さん!!」
覇者「なぜ貴様が怒るのだ?」
光一「そんなことは聞かずともわかるだろう?
私は……
私は……
独り者だからだ!!
複数に同時にアタックなどできない不器用者だからだ!!」
この日、
覇者が微妙に引いているのを私は感じた。
そして、
ヤツも冷や汗くらいかくのだと……
神も人間の心からの叫びには恐れおののくのだと、私は知った。