全国姉萌え同盟  一周年記念    投稿小説

※同盟参加者の田中ゆきや様から寄稿していただいた小説です♪
田中さん、ありがとうございました。
歪ンダ世ノ中

    

 

 

 

あるところに、無垢な少年と歪んだ少女が居りました・・・

 

 

夜、電工掲示板の輝きを避けるかのようにその家は建っていた。

生ゴミを猫が漁りその散らかした後をカラスが電線の上でじっと狙っている。ピンクチラシが互いに主張しながら張り付いている電灯は建てた者の意に反する使われ方をしつつも、本来の役割は果たしてはおらず不気味な棒と化している。

そんな道を誰も歩もうとはせず、通るのはその先にある家の住居者のみである。

その道を一人の少年が走って抜けて行く、猫の悲鳴に驚きつつも走りぬけ、家の前で呼吸を調えながら後ろを振り向き、姿無き亡者が居ない事を確認すると家へと入って行った。

「おかえりなさい。」

少年を出迎えたのは、美味しい臭いと暖かい言葉。外観からは想像できないほどゆったりとしたリビングに居る女性の言葉だ。

「ただいま。」

黒髪にどこか優しげな目元の少年は男らしさよりも可愛らしさを含んだ笑みを母親である女性に投げかけた。

「酔っ払いにからまれなかった?」

少年の頭を撫でながら母親は言う。頭を横に振る少年に満足して彼女は笑顔を作る、どこかその笑顔は少年のものに似ているようだった。

「おかえり〜」

と、突然横から少年に抱き付き母親から少年を略奪した者がいた。少女は自分よりも下に位置する少年の頭を腕で包み込むと、抱擁をはじめる。

「お、お姉ちゃん・・・」

少年の笑顔に母性本能を日々くすぐられ続ける悩み多き少女は、肩まで伸びた滑らかな黒髪と丸いクリッとした目の所有者である。

「心配だったのよ、知らないお姉さんに着いて行っちゃったのかと思ったんだから。」

そう言いながら抱擁の圧力を上げる。まだ未発達とはいえ、膨らみかけた胸を顔に押しつけられ狼狽する少年が反論する。

「そんな事しないよ!」

少年が真赤になって否定するのが可愛く思い少女は、耳元で囁いた。

「今夜もお部屋で待ってなさい。」

その言葉に少年の顔が真赤になる。

「う、うん・・・」

笑顔で頷いて少女は少年を開放する。その時、彼等の父親が食事が出来た事を告げた。

少女は放心していた少年の手を繋いで笑顔で言った

「ほら、行きましょ!」・・・と

 

 

歪んだ家の歪んだ少女は歪んだ形の鳥篭で無垢な少年を飼っています・・・

 

 

少年の部屋は広くもなく狭くもない丁度良い広さを持った部屋で、ベッドを中心に机、クローゼット、CDデッキと置かれており青空を模した壁紙が窓の無い部屋を開放的にしてくれる。

今、少年は部屋の電気を消して、一人中央のベッドに入っていた。

突然、少年の顔に一筋の光が当たる。ドアが少し開かれたのだ、少女が体を滑り込ませるように室内に入って来た。

「えへへへ、る〜う〜。」

「・・・さつきお姉ちゃん。」

互いに名前を呼びながら一方は抱き付き、一方は抱き付かれた。

少年の名は夢見龍(ユメミ リュウ)、少女の名は夢見皐(ユメミ サツキ)、姉弟である。龍は家族や友人に(ルウ)と呼ばれている、幼い時に姉の皐がリュウをルウと間違えて呼んだのがきっかけである。

皐はベッドから上半身を起していた龍を、ゆっくりと押し倒し完全に倒れたのを確認すると、龍の上に乗った。

皐の顔と龍の顔が触れるほどに近づいた。

「今日遅かったね・・・何処行っていたの?」

龍には一瞬何を言っているのか理解出来なかったが、今日の帰宅時間の事を指しているのだと気付き脳裏に一人の少女を思い浮かべる。龍はその少女にラブレターを貰いその返答をする為に部活のある少女を待っていたのだ。

「何でも無いよ、友達と遊んでいただけ・・・」

「・・・そう。」

皐の笑顔に心の痛みを感じ龍は目をそらす。

目の前に居る姉は、弟の事となると人が変わったように過保護になる。龍にとって悪い気はしないが、姉が他人に被害を及ぼすのを黙って見ているほどこの少年は冷たく出来ていない。その結果、少年は無理をしてでも姉に嘘をつかなければならなかった。

「なにも無ければそれで良いのよ。」

そう言って、あからさまに視線をそらす龍を責めずに皐は微笑んだ。

龍にはその笑顔が泣いている様に思い、姉にキスをする。

触れるようなやさしいキス、まるで従順な犬のように龍には姉の心の痛みがわかるのだ。

「ふふ、大好きだよ・・・ルウ。」

「僕もだよ、お姉ちゃん・・・」

龍の言葉を聞き終えると、今度は皐から唇を重ねて来た。まるで愛情の値を示すかのようなキスに龍は翻弄される。

やがて、二人の唇が離れ身を起した皐が言う。

「今夜は寝かさないよ・・・」

その言葉を聞いて龍は苦笑した。

毎晩のようにこの言葉を聞いている少年は、先に寝る姉の寝顔を眺めながら夢の世界に飛び込むのが日課となっていた。

「あ〜笑ったな〜」

少し拗ねた感じで皐は上から睨む。

「そ、そんな事ないよ・・・」

「もう、いい!お姉ちゃん本気になるから。」

そう言って、もう一度龍にキスをして言った。

「今夜は寝かせてあげないから!」

皐の小悪魔的な笑みに、龍は宣戦布告の意を感じ取った。

 

ジリリリリリリリ・・・

けだるい朝を知らせるベルが鳴り、少年がベッドから夢見まなこで目覚ましを探す。

窓の無い部屋で朝を知らせる道具は目覚し時計だけである。

「お姉ちゃん・・・朝だよ。」

龍の隣りで何故か裸でシーツにくるまっている皐は、揺さぶる少年に

「あと、五分・・・」

などと往生際の悪いセリフを連発していた。

「駄目だよ、お母さんが来ちゃうよ・・・お姉ちゃん!!」

少年と少女の関係は決して誰も知られてはいけないモノである。禁断の関係と言えばきこえは良いがつまり非道徳的関係である事は間違い無い。

「お姉ちゃん!!」

もう一度龍が声を張り上げると、皐はゆっくりと上半身を持ち上げた。

「う〜ねむい。」

「ふ、服を着て・・・部屋から出て・・・」

少年は赤面しながらも、昨夜姉が脱いだ服を突き出して下を向いている。

「見なれてるでしょう」・・・などと言いながら着替える皐を背に、龍は制服に着替え朝の準備を始めた。

その後二人は自発的にリビングへ行き母親の手作りの朝食を食べて学校へ行く。日々それの繰り返しだと思っていた・・・この時が来るまでは。

 

「いってきま〜す」

龍と皐はそれぞれの制服に身を包み、暗い路地を通り学校へと仲良く歩いて行く。

二人の子供を見送った母親こと夢見涼子(ユメミ リョウコ)は軽く伸びをした後に家に入ろうとした、この後彼女を待っているのは洗濯と掃除であるはずだった。

「すみません・・・」

急に呼びとめられた涼子は振り返った。

「はい・・・」

そこには男が立っていた、黒いスーツに白いワイシャツ・・・葬式の帰りのような服装に、涼子は危険を感じつつも男の言葉に耳を傾けた。

「ここは、夢見健二(ユメミ ケンジ)さんのお宅でしょうか・・・」

聞くというよりは確認の意が強い言葉に涼子は頷くしかなかった。

 

 

歪んだ家の歪んだ屋根は嵐からたった二人を守るだけ・・・

 

 

「それでは、明日また御伺い致しますので・・・」

黒い服の男はそう言って扉へと歩いて行く。

「そうそう、言い忘れてましたが、けして逃げないで下さい・・・必要経費も上乗せしなくてはなりませんからね・・・」

そう言って扉を開けゆっくりと歩いて出て行く。その態度から親切な取り立てを期待できそうも無い。

「あなた・・・」

男の出て行った扉を眺めながら、不安な表情を隠せない涼子はゆっくりと夫の健二に視線を向ける。

黒い服の男、佐伯と名乗った男が言った内容は次のようなことだ。

健二の親友の男が佐伯の所属する高利貸しに借金をしたまま夜逃げをし、連帯保証人になっていた健二に取り立てがまわったのである。

「一億か・・・今の貯金は?」

考える健二に涼子は虚しそうに首を横に振る。

「一千万近く・・・」

また考え込む健二に涼子が口を開く。

「私、知り合いのお店で働けるかどうか聞いてみる。」

涼子の言う店とは風俗関係の店であることは、表情から判断できた。

もともと、二人の出会いは歓楽街の片隅にある小さな風俗店だった。健二が客、涼子が風俗嬢としての出会いだった。

当時、殺し屋として恐れられていた健二と寝る涼子の印象は、必ずしも良いものではなかった。しかし二人は、健二の一目惚れから始まり結婚へと人生を歩むようになる。その後、健二は暗殺業から手をひきサラリーマンとして生活をおくる。

受話器を手に取った涼子を静かに健二が止めた。

驚いたように涼子が健二の顔を見た、やさしく頷きながら健二が言う。

「考えがある・・・協力が必要だ・・・協力してくれるか?」

「ええ・・・返す方法があるのなら。」

見詰め合った二人はどちらからともなく唇を重ねる。

 

日が西から辺りを照らす2時間の間、まるで一枚の写真のように朱色に染まる世界を龍は好きだった。歓楽街の近くに建てられた家に向かう為に、通らなくてはなら無い歓楽街、今から祭りの準備をしようとしているかのように、にわかに活気付いてくる世界を歩きながら龍までもがその祭りに参加出来るような気がして、気分が高揚してくる。

暗い路地もその気分があれば怖いものなんて無い、ビルが乱立する道は時間の概念を狂わせる。何時間か先の世界を眺めているような感じがする闇が目の前に広がっている。龍はこの道を歩きながら、朱い風景を思い出し陰と陽のようだと思った。

ビルの合間をぬって奇跡的に夕陽が差す場所が自宅である。今にも仙人が天から降りて来そうな雰囲気のなかドアを開けた、最後の笑顔で挨拶をしながら・・・

「ただいま〜」

「お帰りなさい。」

と笑顔で涼子が迎える。

龍を胸に抱きながら、もう一度。

「お帰りなさい・・・」

その時上の方からスリッパの慌しい音と共に皐が降りて来た。

「おかえり、ル〜ウ〜」

満面の笑顔で龍を抱く、もとより圧死させる。

「お、おねえちゃん・・・く、苦しいよ、苦しい!」

「あはは、ご飯は?」

その答えを無表情な健二が言う。

「もうすぐだ、席に付いておけ。」

「は〜い、ルウ着替えておいで。」

いつもの会話だった、しかし龍はそこに別なものを嗅ぎ付けたらしい。

「ねえ、お姉ちゃん・・・」

「ん?どうしたの・・・」

いつもの笑顔がそこにある。

「悲しいの?」

でも、その笑顔が不自然に思えた、龍を除く皆が止まった。皆が核心をつかれたかのように、気まずい雰囲気が辺りを支配し始める。

「な、なに言ってるのよ・・・ほら早く着替えておいで。」

そうやって皐に追いやられて行く、龍は階下がひどく寒いように思った。

 

その後龍は、やけに多い夕食を食し午後のひとときを自室ですごしていた。

10時を少し回った時、ドアをノックする音を聞いて開けようとしたら皐が入って来た。

「どうしたの、お姉ちゃん?」

「ふふ、ルウ!」

パジャマを着た皐が龍に抱きつき、そのままベッドへダイブするかたちになった。

いつもより早い皐の登場に驚く龍に構わず情熱的なキスをする。

「お、お姉ちゃん?」

「大好きだよ、ルウ、愛してる・・・」

うわごとのように繰り返す皐を眺めながら、龍は強く抱きしめながら言う。

「僕もだよ、お姉ちゃん。」

「・・・今夜は寝かさないから・・・」

開戦の合図のように二人は唇を重ねた。

 

この夜軌跡が起こった、少女の思いが通じたのか夢の世界に入っていったのは少年だった。

暗い部屋で服を着る少女、時刻は午前1時ちょうど。

服を着た少女はベッドの上で熟睡している少年を眺めて笑った。くしくもそれは少年が悲しいのかと聞いた微笑みだった。

「・・・皐。」

何時からそこにいたのだろう、ドアに涼子が立っていた。光が漏れてくるのだから気付いても良いはずだが、皐はそれどころでは無かったらしい。

「皐、行くわよ。」

「・・・うん。」

ドアへ歩いていってもう一度龍を見て微笑もうとしたが出来なかった。涙が邪魔して笑顔を塗り消したのだ。

「あ、あれ・・・おかしいな、笑いたいのに・・・笑いたいのに・・・」

湯水の如く出てくる涙を拭いながら笑おうとする皐を見て、涼子は思わず抱きしめた。

「もういいのよ、もう演技をしなくていいの・・・がんばったね。」

「やだよ・・・別れたく無いよ・・・ルウ、ルウ・・・」

それは皐が初めて漏らしたのわがままで本音だった。

「ルウ、待ってるから、私ずっと待ってるよ。だから迎えに来て・・・絶対に・・・」

その言葉は龍に届いたのだろうか。

 

階下に降りた二人を待っていたのは、テーブルでタバコを吸っていた健二だった。

「もう、行くのか?」

こちらに視線も向けずに聞く。

「はい、お世話になりました。」

ふかぶかと頭を下げる涼子。

「それと、離婚届は書きません・・・もう一度籍を入れるのめんどうですから。」

その言葉に健二は苦笑して、テーブルの上に置いてある一枚の紙をライターで燃やした。

皐は今日学校から帰ってくるとすぐに両親から借金の事、それによって家族が解散する事を聞いた。皐は猛然と反対をしたが健二は引かなかった。だから折れた皐は条件をだした、それは・・・

「懐かしいわね・・・」

皐の思考を中断させたのは、歓楽街を並んで歩いている母親の言葉だった。

「何が?」

「母さんね、若い時に寮制のキャバクラに勤めていた事があってね。ある時そこの客がお尻触って来たものだから、頭に来て飲んでいた酒をぶっかけて引っ叩いたの・・・」

「どうなったの?」

「もちろん店長に怒られた上にクビでね。今みたいに荷物持って外へほっぽり出されたわ。懐かしいな・・・。」

涼子の目線が虚空を泳いでいる。

「私も母さんみたいになれるかな・・・」

皐の言葉を聞いた涼子は笑いながら言った。

「そうね、胸がもう少し必要ね・・・」

「ひっど〜い!!」

二人の笑い声は人込の雑音で消えていく。

 

 

歪んだ世界の歪んだ手は無垢な少年まで歪ませる・・・

 

 

ジリリリリリリ・・・

朝を知らせる合図が部屋に響き渡る。龍はいつもどおり姉を起すためにベッドから上半身をおこす。

そこで、皐が居ない事に気がついた。

訝しがりながらも着替えて降りて行くと朝食をしたくしている父が居た。

「おはよう。」

「お、おはよう・・・母さんは?」

いつもは涼子が朝食を作るはずである。例外は涼子が風邪を引いた時ぐらいだ。

「昨夜、出て行った。」

「えっ・・・」

聞き逃してしまいそうなぐらいあっさりと健二は言ってのけた。

「ど、どう言う事?」

予想だにしない答えに狼狽のいろを隠せない龍は健二に詰寄る。

「借金があってな、返済するのに邪魔だった。だから別れた。」

フライパンで器用に卵焼きを作りながら健二が言う。

「答えになって無いよ、お姉ちゃんはその事知ってるの?」

皐の哀しそうな顔を想像する龍だが、次の言葉で自分の甘さを知る。

「皐もだ。出て行ったのは二人、涼子と皐だ。」

冷静に相手の間違いを指摘する健二。

その瞬間、龍の目の前が暗くなった気がした。姉が居ない、そう考えると自殺しそうなぐらい気が滅入る。

「・・・どうして、二人を逃がしたの?」

「実際は追い出した、だが・・・俺はなあいつ等の取り立ての仕方を知っている。」

「どう言う事?」

あいつ等とは取り立て屋の事を言って居るのだろう。龍ははきの無い声で先を促した。

「昔にあいつ等の取り立てに立ち会った事がある・・・だから、例え未成年でも女性を手元においておく事の危険さを知っている・・・もちろん男性からも搾り取るがな。」

「・・・つまり、母さんやお姉ちゃんが一番危険だから別れた、と言う事?」

「そうだ。」

「どうして昨日、教えてくれなかったんだよ。」

「皐が昨日、この家を出て行く変わりに龍には黙っていてくれ、と条件をだした。」

「お姉ちゃん・・」

皐の淋しげな微笑が当分頭から離れそうに無い。大事な姉を失った悲しみと共に。

健二は出来たての卵焼きを龍の前に置いた。

「・・・じゃあ僕達が犠牲になってお姉ちゃんたちを救う訳だね・・・」

いくらか落ち付いたのか、龍は差し出された卵焼きに手を付ける。

「法外な利子を日給3千円でどうやって返すつもりだ?・・・どうした?」

龍の顔が曇ったので健二が聞いた。

「お父さん・・・卵焼き作ったことある?」

「・・・いや、今日がはじめてだ・・・不味いか?」

龍は溜息をつきながら台所へ行く、父の汚名を晴らす為にもとい自分の腹をはらすために。

「お父さん、トースト作ってて。」

当分は、楽しい朝を迎えれそうに無い・・・

 

佐伯は朝から憂鬱だった、上司の増田には手がぬるいなどと罵られ。契約している殺し屋は給料をあげろなどと無駄な注文を叩き付けてくる。部下の失敗を尻拭いするのも彼の役目だ。中間管理職の苦しみを日々味わっているが今朝はこの職をはじめて以来の苦しみを味わった。

殺し屋達が徒党を組んで組合などを作ったらしく、組合の長が賃金の値上げと深夜の特別手当を請求してきた。増田は素知らぬ顔で猫を撫でながらボケて話にならず、深夜料金をポケットマネーで払ったのだ。

どこかの映画みたいに、クールに言われた仕事のみを簡潔にしてくれる殺し屋は数少ないのだ。

佐伯は髪をオールバックに撫で付けながら、部下が運転する車のなかで自分の不運を呪っていた。

「今日の予定は・・・」

社長クラスの生活の様に見えるが、佐伯の隣りで金髪の男が紙を眺めながら言う。

「えっと、夢見家へ値踏み交渉。九州から草・・・えっと。」

佐伯が聞き返す。

「草、なんだ?」

「あ、ちょっと待ってください。これなんて読むんだ・・・」

と彼の隣りに座って居るスキンへッドの男に聞く。

「どれどれ・・・わからん?」

佐伯は舌打ちをしながら、彼から紙を奪った。

「バカ!草剪だ、クサナギと読むんだ覚えとけ!!」

「ああ、なるほど。」

納得する男を後目に一通り予定を見た佐伯は、物思いに沈む。上司の増田レベルになると美人秘書が予定を言ってくれるはずだ、少々難しい漢字でも詰まらずに読んでくれるに違いない、正直言って羨ましい。

「佐伯さん、あの、着きましたけど・・・」

部下の言葉に現実へと引き戻された佐伯は愛用のべレッタを確認して車を降りる。

これから行く夢見家の大黒柱、夢見健二はこちらのやり方を既に知っている元殺し屋だ。本当は殺し屋を連れて来たかったのだが、朝のストで使えないので殺しに関して素人の部下で対応しなくてはなら無い。

彼は溜息をしながらドアに手を掛けた。

リビングで待っていたのは健二だけだった。彼はテーブルのそばで立って佐伯達を出迎える。

「おはようございます。」

佐伯は営業スマイルで挨拶をし、後から入ってくる部下に健二の周りを囲ませる。集団で人を威圧する時の典型的なスタイルだ。

「今日は奥様は居られないのですか?」

「昨夜、子供を連れて出て行った。」

「なに!」

周りの部下の柳眉が一気に上がる。

「つまり、あなたが全額払っていただけるのですか?」

「ああ、一週間待ってもらえれば一億ここに用意しよう。」

そう言ってリビングの床を指す。

「ふざけるな!」

真っ先にキレたのは佐伯の秘書兼部下の金髪男だ。彼は近くにあった椅子を蹴り倒した。

「お前何様のつもりだ!連帯保証人だからって甘かねぇんだよ!佐伯さんに土下座して泣きながら、もういっぺん言えや!」

「もし俺が破産宣告をすれば、この家の家財道具は全てお前達の物だ。キズは無い方が良く無いか?」

草剪は読めずとも破産宣告だけは読める彼等は、その意味を嫌と言うほど知っている。皆の気が一瞬にしてしぼんでいくのが手に取るようにわかった。ただ一人を除いては。

「するのですか?破産宣告。」

「一週間待ってくれなければだがな。」

佐伯は歩いて行き健二の胸倉を掴みながら、鳩尾に蹴りをいれた。健二は威力を殺すために後ろへ飛ぼうとするが、相手に胸倉を掴まれているため殺しきれずに悶絶する。

「脅かすなよ。それと今朝契約していた殺し屋達がストしたんだが、あんただろう?」

「し、知らないな。」

「そうですか、じゃあ一週間待ちます。その時までに一億お願いしますね。」

そう言って佐伯達は笑顔で出て行った。

「信用できますかね、あの男。」

金髪の男が話し掛けて来た。

「大丈夫だあの男は嘘をつかない。」

「カンって奴ですか?」

「まあな・・・」

そう言って彼等は夢見家を後にした。

 

佐伯達が出て行った後を呆然と眺めながら、健二は床に向かって言った。

「出て来て良いぞ。」

床の一部が起き上がり中から龍が出てきた。

「お父さん大丈夫?」

「ああ・・・それより、これを渡しておく。」

ごつごつとしたスライド式の拳銃、形容からかなりの重量が予想される。

「デザートイーグルだ。威力はかなりあるが反動もでかい、うまく使いこなせ。」

手渡された銃が厄介な代物だと気付くのは2日後の事である。

「今日何人来て居たかわかるか?」

「えっと、5人。」

「6人だ、当日はこの倍が考えられる・・・一週間特訓するぞ。」

そう言って、龍を見る眼差しは哀しげだった。

借金に関して健二の答えはこうだ、返せないなら借用書を奪うだけだ、と。

 

 

歪んだ世界の歪んだ家は死神達のパラダイス・・・

 

 

龍は一週間文字通りみっちりと特訓を受けた。今彼の手は豆が潰れて固まっている。

暗い部屋に一人で寝ていた龍は目覚ましが鳴る前に止めて階下へと移動する。彼は普段着で寝る事が常となっていた、枕元には常に銃があり何時でも打てるようになっている。戦場の経験が無い龍だが、戦場の生活をしているのではないかと最近思っている。

リビングに下りると龍は唖然とした。彼の背丈ほどもある金庫があったからだ。

「こ、これどうしたの?」

トーストを作っていた父に聞く。

「友人から貰った。」

「それだけ?」

「ああ。」

龍はそれ以上聞くのを諦めた、父は馬鹿じゃない今日の為の何かなのだろう。決して、腹がへったからではない。

無言の朝食を終え龍は父を見た。これからどうするかだ。

「龍、準備は良いか?」

「ああ、いいよ。」

「では、ここに隠れてろ。」

そう言って指差した先は・・・

 

佐伯は今日も憂鬱だった。原因は愛人の家に泊まっていたら、本妻が突然現われて泥沼の喧嘩になったからだ。今日の彼は見るも無惨に引っ掻き傷を顔につくっている。

増田には指を指して笑われ、部下からは控えた笑いを貰っている。

しかし、良い事もあった。殺し屋が取り立てに同行してくれる事だ。妙な威圧感のある夢見健二をこれで何とか出来そうである。

彼は川の字に貼られたバンソウコウを撫でながら、増田から貰った借用書の原本を眺めていた。連帯保証人の欄に健二の名前がしっかりと書かれてある。佐伯はふと隣を見た、隣りには殺し屋の男が座っている。気難しそうな尖った顎にサングラス越しにでもわかる鋭い眼光、本物の風格を心強いほどに感じさせてくれる。佐伯は安堵して、外を眺めた皆暗い顔で街を歩いている。ふと彼と同じように引っ掻き傷を負った男を追い越した。彼は妙な近親感に煽られてしまう、今話せば親友になれるに違いない。そう思った時、車が停止した。本日のメインイベントが待っている会場へ、健二がどんな答えを用意しているのだろうか、この時彼の思考から先程の男は消え失せていた。

ドアを開けた、一週間前のように目の前のリビングに健二が立っている。ただ前と違うのは大きな金庫がそこにあると言う事。

「お、おはようございます。」

「おはよう。」

流石の彼等もこの風景には圧倒されてしまう。後から入ってくる4人の部下を健二と金庫を囲むように配置し、最後に入って来た殺し屋は金庫に眼もくれず健二を睨みながらドアの前に立つ。ドアは限界にまで開けられている。殺し屋の待つ部屋に入る時には素人はまず逃げ道を確保すること、それが佐伯が今日教わったトリビアだ。

「一億は用意できたようですね。」

「ああ、番号を言うぞ・・・」

「待って下さい、開けて頂けないのですか?」

「帰っても構わないぞ、この一億で高飛びするからな。」

佐伯は舌打ちをしながら殺し屋の方を振り向く、彼は頷いた。

佐伯が顎で金庫を指すのを見て金髪の男が出て行った。

「何番だ?」

「2・3・9・5だ」

「2・・・3・・・9・・・5・・・」

と打った瞬間「チン」という音と耳をつんざくような轟音とが重なって起こった。

佐伯の右斜め前にいたスキンヘッドの男の頭部が吹っ飛んだのだ。

「うわあああ」

金髪が脳漿と血を浴びて悲鳴を上げる、佐伯はとっさに伏せてべレッタを抜いた。背後ではドアが勢い良くしまる。振り向くと一人の少年が閉めたドアを背に立っていた。

 

龍は開ききったドアと壁の間に立っていた、健二は予言者の如く彼等がドアを閉めないと考えていた。後は、金庫が開けられると同時に一番近い人間を殺すだけだ。

殺し屋はもう一人居た事に気付き注意が逸れる、そこを健二が隠し持っていた銃で仕留めた後、龍がドアを閉める。もし、ドアが閉まれば殺し屋はこのなかには居ないので二人でも十分なのだ、その時は一番近い人間を撃つ様に龍に指示してある。

先程までの流れはこう言う事だった。

佐伯も目の前で龍は右周りに走った、彼のターゲットは悲鳴をあげて呆けている金髪の男である。

左周りに走りながら、健二は金庫の裏に居る二人を撃ち殺す。

龍の目の前には銃を抜く事も出来ずに口を開閉させている男がいた、彼は父に教えられた通り頭部に銃口を向けてトリガーを引く、予想通りの衝撃と轟音が身体を突き抜け命を肥やしにした綺麗な赤い華が咲く。

佐伯は三人の命を糧として逃げようとドアへ走った。取っ手を握った瞬間目の端に黒い影が見えたので確認する。それは取っ手に結ばれた指榴弾だった。

「そう言う事か!」

殺し屋の言っていた事をこの時やっと理解した、つまり逃げ道に罠が張ってあるのだ。

他の逃げ道を探そうと振りかえった瞬間彼の頭部が吹っ飛んだ。

 

健二はリビングで一服していた、少々血生臭いが我慢する。

視線を巡らすと死体に囲まれたままへたり込んでいる龍を見付けた。

健二は思い出した様に元佐伯に歩いていき、懐から一枚の紙を出し火をつける。

「どうした?」

龍の呆けた顔を眺めながら聞く。

「ふ、振るえが・・・止まらない・・・」

「そうか。」

「ねえ、一億・・・本当にあるの?」

そう言って半開きの金庫を眺める。

「確かめてみろ。」

その言葉を聞いて龍はゆっくりとした動作で金庫を開ける。

彼の目の前には山と積まれた札束があった。

「凄い・・・」

まさにその姿は圧巻としか言いようがない。

「バカ、騙されるな。」

そう言って健二は中から札束を取って龍に手渡した。

「あ・・・」

その札束の番号は全て一緒だったのだ。

「偽札一億円分だ。」

健二はかたを竦めた。

「これからどうする?」

「お姉ちゃんは?」

「俺達に死亡届が出ていたら二度と戻ってくるな、と言っておいた。」

その言葉に龍はかたを落とす。

「お姉ちゃん達を探すよ。」

「そうか、良い心がけだな。だが、暫くは一緒に行動するぞ。」

「どれくらい?」

「最低五年だ、この家を出る準備は出来ているか?」

「出来ているよ・・・」

そう言って健二は無造作にドアを開ける。

「あっ・・・」

指榴弾からピンが抜けた。龍はとっさに目をつぶり腕で顔をカバーする。

しかし、何も起こらずに指榴弾は床へと落下した。

健二が苦笑しながら言う。

「おもちゃだ。」

 

 

歪んだ家の無垢な少年はもう居ない・・・

 

 

男は夕陽に染まる世界が好きだった、もう沈まる夕陽を背にギリギリまで遊ぼうと子供達が走りまわる。井戸端会議をしていた主婦達は今夜の献立を考えながら互いの家へ入って行く。色とりどりの制服を着た学生達が自転車に乗りながら互いの帰路に付いて行く。男はスーパーの袋を片手におんぼろアパートの中へと入っていった。

ドアを開けると一人の男が煙草を吸いながら黄昏ていた。

「親父、これで良いな。」

「ああ。」

スーパーの袋を受け取りながらも、男は煙草を吸う手を止めない。二人は様々な場所を転々としていた、互いに嫌味を言いながら親子と言うよりは親友と言う方が合っているのかもしれない。

「じゃあ、そろそろ行くよ。」

男は言われた言葉通りキッカリ五年で出て行こうとしていた。

「ああ、縁があればまた会おう。」

「生きている内に、母さんに会わせてやるよ。」

「期待しないで待っていよう。」

「はは、じゃあな。」

「ああ。」

最後、男は笑顔をつくったその笑顔は男らしいと言うより可愛らしい笑顔だった。

 

彼は後に「暗黒街の邪龍」と呼ばれる事になる、その時隣りに姉は居たのだろうか確認されてはいない。今彼は姉を探す為暗黒街へと歩いて行く・・・

 

 

あるとき歪んだ男が居ました

歪んだ男は歪んだ女を探す為

歪んだ世界を旅します・・・

 

 

END


全国姉萌え同盟に寄せてへ戻る

全国姉萌え同盟(本部)へ戻る

TOPへ戻る