「……で、養子はどういう人なんだ? 父さん」
「関原玲奈、という子だ。栄治の姉さん的な存在になるだろうな」
俺、高田栄治は食卓で父さんと話をしていた。
養子縁組。親戚の玲奈という子が両親を事故で亡くしたらしく、それがきっかけとなり、我が家へ来る事となったのだ。
話は出ていたが、どういった人物かは全く聞いていない。
父さんが聞いたところによれば、事故で心を閉ざしてしまったららしい。
「玲奈は両親を亡くしているからな。そこを気遣えよ」
「わかった」
俺はごちそうさま、と言った後、自分の部屋へと行った。
数日後、家の前に一台のタクシーが止まった。
俺は緊張する中、父さん、母さんと一緒に玄関に立つ。
ドアが開いた。
「……こんにちは」
黒髪を腰まで伸ばした、とても綺麗な女性だった。
聞いた情報によれば、年齢は17で高校二年生。
一人で生活する事は難しく、施設に入りたくないそうなのでこうなったとか。
「いらっしゃい」
「……よろしくお願いします」
玲奈さんと俺が、初めて会った瞬間だった。
食卓に俺たち家族と玲奈さんが座り、ご飯を食べる。
「そういえば、玲奈さんって何か好きな食べ物でもあるんですか?」
「……」
俺の隣に座っていた玲奈さんは、すっかり口を閉ざしてしまった。
母さんが作ったご飯もろくに食べず、その場に座ったままだ。
父さんもそれを見て困り果て、仕方なくテレビをつける。
〈明日は広い範囲で大雨となるでしょう〉
玲奈さんはテレビ番組にすら目を向けず、その場にただ座っていた。
その目は悲しそうで、虚空を漂っている。
俺はその場にいられなくなり、廊下へと出た。
「……」
玲奈さんの悲しい顔は、見たくなかった。
初対面だというのに、その悲しい顔を見るだけで俺の心が蝕まれる。
心が重くて、辛くて、悲しかった。
「……」
気がつくと、前に玲奈さんが立っていた。
俺は笑顔を作り、玲奈さんに話しかける。
「部屋、行きますか?」
「……」
俺の作り笑顔を見抜いたのか、玲奈さんは申し訳なさそうな顔をした。
そして、かすかにうなずく。
俺は玲奈さんを連れて、二階にある自分の部屋へとご案内する。
勉強机にベッド。
俺の部屋にはそれくらいのものしかなく、漫画もあまり読んだりはしない。
あるとしたら、最近はまっている水彩画のセットだ。
大きなキャンパスを見た玲奈さんは、そこに書かれている物を指差した。
「……綺麗」
「そう……ですか?」
タイトルをつけるとしたら、「どん底」だ。
全体的に濃い緑色で構成されていて、混沌とした感情を表現させる。
まだ下手な俺にとって、綺麗と言われる事は初めてだった。
「……描いてもいいかな」
「いいですよ」
新しいキャンパスを用意し、玲奈さんに筆とパレットを持たせた。
飲み物を飲みながら、玲奈さんは絵を描き続けていた。
「……出来た」
玲奈さんが描いた絵は、綺麗な海だった。
優しくて、厳しく、そしておおらかな海だった。
塗り方も上手で、海の波をうまく白で表現している。
奥に見えるものは、小さな島だった。
「……綺麗ですね」
「ありがとう」
玲奈さんは、少しだけ笑顔になった。
その笑顔を見ると、俺の心も解放されて自然と俺も笑顔になる。
だがその時、外からバイクのエンジン音が響いてきた。
暴走族がこの周辺を走っているのだろう。
玲奈さんの顔は一気に暗くなり、その場で玲奈さんは目を閉じる。
俺には何も出来ないまま、玲奈さんはその場に崩れ、泣いてしまった。
「……」
気がつくと俺は、玲奈さんの右肩に左手を置いていた。
次の日の夕方、俺と玲奈さんは父さんを迎えに行くため駅に向かっていた。
外は天気予報通りの雨で、傘を差しながらそこへと向かう。
「……ねぇ、栄治君」
「な、なんですか?」
名前でいきなり呼ばれたから驚いてしまった。
玲奈さんは暗く沈んだ顔をしていたが、俺に少しだけ明るい声で言う。
「雨、栄治君は好き?」
「俺は……雨、好きだぞ」
「私も」
玲奈さんは、その時微笑んだ。
雨降りの嫌な空気の中、玲奈さんの周辺が少しだけ明るくなる。
それを見ていた俺は、また自然と笑顔になっていた。
「手、繋がない?」
「えっ」
玲奈さんは自分の傘を閉じて、俺の傘の中に入ってきた。
そして少し控え気味に俺の手と自分の手を繋ぐ。
「……こんな姉だけど、よろしく」
「よろしくな。姉さん」
そう言った後、俺と玲奈さんは顔を見合わせる。
その後お互いに笑い、どちらも同じ事を言った。
「「今、姉さんって言った」」 |