【クリスマス/インターネット】
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クリスマス/インターネット

陽ノ下光一

 

キョウ『じゃあ、明日仕事なんで落ちますねー』

アヤ『キョウさん疲れさまー』

『キョウさんが退出しました』

 ふう。

 誰もいなくなったチャットの画面を見て一息ついた私は、マウスを動かそうとして、

『コウさんが入室しました』

コウ『あ、もうみなさん落ちちゃいました?』

 カタカタとキーを叩いた。

アヤ『コウさんこんばんわー』

コウ『アヤさんこんばんは』

アヤ『他のみんなは落ちちゃいました』

コウ『あーやっぱり……』

アヤ『お仕事忙しそうですね』

コウ『おかげで彼女にも逃げられました(笑)』

 煙草を加えたまま私、少し固まる。

 灰皿を見る。やっぱり量は増えていた。

アヤ『逃げられちゃったんですか?』

 リロードを繰り返す。なかなか書き込みが返ってこない。

 この煙草はきつすぎる。別のに変えよう。

コウ『私が悪いんですけどね』

アヤ『そうなんですか?』

コウ『ええ。できれば謝りたいですけどね』

アヤ『じゃあ、謝ったほうがいいですよ』

 送信してすぐ、煙草を消してキーを連打。

アヤ『もしかしたらやり直せるかもしれませんよ?』

コウ『やり直せたらいいんですけどね』

 箱に手を伸ばす。一本も残ってなかった。

コウ『どこでどうしているのかもわからないんですよ』

 

 

 インターネットという世界には色んな人がいて、影も形も分からない。

 いくらチャットをしてみても、BBSに書き込んでみても、メールを送ってみても、そんなのは情報媒体の電子的送受信に過ぎない。

 終わってみれば何も残らない。

 こんな私がチャットで男とも女ともわからない人たちの文字情報に目を通し、それこそちょっと心理をかじった人間なら見抜けるような表面的文章を返しただけで『良きアドバイザー』。

 アヤは『アヤ』であって『私』ではなかったけれども。

 

 

 

 

 朝、寒さに目を覚ました。

 息が白い。もう冬だ。

 見慣れた6畳の部屋はがらんとしていて、段ボール箱のほとんどは開封されないままだった。

 カーペットすら敷かれていないフローリングは一人でいるには寒すぎる。

 毛布から抜け出て携帯を開けばスケジューラーがバイトの時間を告げていた。

「またクビかな」

 長くなりすぎた髪を掻き揚げて煙草に手を伸ばす。

 そうだ、もう無いんだ。

 

 

 コートを羽織って表に出ると、そこはまた別の世界だ。

 それこそ影形のある人間たちが、男も女も足早に。

 それぞれ言葉を交わすでもなく、視線も合わせず、有機的存在で無機的行動。

 神経質そうにメモ帳を見ていたり、携帯の画面だけに埋没し、新聞からだけ全てを見ている。

 自販機だけが無機的だけど有機的存在。ガコンと箱が一つ二つと落ちてくる。

 

 

 

 

コウ『あれ? 今日もみんな落ちちゃったんですか?』

アヤ『ええ、ついさっき』

 コウさんはいつものように現れた。律儀な人だ。すぐ落ちるのに。

アヤ『最近寒いですから』

コウ『そうですね(汗)』

アヤ『あまり夜中までやってるとカゼ引いちゃいます』

コウ『もう十二月半ばですもんね』

 そうか。もう一年経つのか。

アヤ『もうメリークリスマース♪』

コウ『ううう(涙)』

アヤ『一人きりの?』

コウ『そうですよー。アヤさんは?』

 そう来るか。

アヤ『約束がありますよー』

コウ『キョウさんもミネさんもみんな?』

アヤ『あるらしいですよ(笑)』

コウ『私だけかー』

アヤ『なんとか連絡を取ってみたらどうです?』

コウ『携帯とか変わってるみたいですし(汗)』

アヤ『まあまあ』

 

 

 

 

 正直なところ、聖夜だからといってこれだけ人が外にあふれてくるのはいかがなものだろう。

 コートを着て、マフラーを巻いて、それで隣県まで電車で出て行けば、電車もホームも街中も、至る所が音楽と愛の伝染地帯。

 雪の舞う街中を一人。

 こんな日にネットカフェに入る女は珍しいだろう。カフェの店員があくびをあわてて抑えていた。

 店内の時計は午後八時半。こんな時間は外でディナーってとこか。

 がらがらの店内でキーを叩く。

コウ『やっぱり今日は誰もいないですよね』

 最終書き込みは午後八時二十分。すでに退出。

 ふーん。

 カウンターに戻り店員に声をかける。

「こんな日に仕事じゃ退屈ですよね」

 店員はばつが悪かったのか、苦笑して、

「まあ、それでも仕事ですから」

 バックから財布を取り出していると、彼は続けて、

「どうせ自分は相手いないですし」

 よく簡単に諦められるね。お金を置くと店員、「ありがとうございました」。はい、ありがとう。

 

 

 街の目抜き通りを歩き続ける。暖かそうな店内にはひっきりなしに男女が出入り。道行く流れも尽きることがない。

 そんな風景には最初から飽き飽きしていたけど、中心街区を抜けてみれば、そこはしんしんと雪の積もる静寂。

 クリスマスソングも喧騒も何もない冬の夜。

 寒くて仕方がないけど、街灯と雪の照り返しは道を明るくしてくれている。

 入り口には照明が灯っていて、ベンチやブランコはうっすら白くなっていた。

 滑り台に寄りかかってタバコに火をつける。

 吐き出す煙は息の白いのと降ってくる白いのにまぎれて消えた。

 一本、二本……五本、六本……

 箱の中身はまだあるけど。おいしくない。

 携帯……十時か。

 寒い、寒くて寒くて、寒い……。

さすがにイライラするな。

早くしなよ。

「何度も待ってはあげないんだからね」

「悪かった」

 公園の入り口に息を切らせながら、ブリーフケースすら重たそうに持っている彼。

「だから言ったでしょう。『やり直せるかもしれませんよ』って」

 彼が顔を上げる。

「ね、『コウさん』」

 ちょっとイジワルがすぎたかもしれない。「まいったなー、そうか」って言う彼が疲れ果てた表情している。

「『アヤさん』、約束は?」

 お、対抗する気?

「そういう『コウさん』は一人のはずじゃないんですか?」

 彼が苦笑している。私も笑っていたかもしれない。

 くずかごに煙草の箱を丸めて捨てる。あれって顔するなよ。吸ってたのは私じゃないんだからさ。

「すまない。去年はその」

「『アヤさん』から聞いてるわよ。私も悪かった」

 まだ公園入り口で息を整えている彼に歩み寄る。首に手を回して、耳元で言ってやった。

「相変わらず体力ないわね」

「ロクに食べてないからだな」

「嘘だ。元々弱いくせに。少しは栄養取れ。身体鍛えろ」

「心配してんのか?」

「働き手が過労で倒れるのをね」

 へえ、と彼の口から漏れたと思ったら、いきなり立ち上がった。首に捕まっていた私の背と足に手を回して。

 いわゆるお姫様抱っこ……。

「恥ずかしいから離せ」

「誰も見てないぞ」

「私が嫌だ」

「お前くらいなら『弱い』俺でも持ち上げられるぞ」

「わかった。わかったよ」

 地に足をつけて一息。

「とにかく、こんなに待ってやったんだ。なんか」

「おごれよ?」

「む」

 こいつイジワルになってないか?

「買出しに付き合え」

「は?」

 豆鉄砲食らったような顔をする。結構面白い。

「何か作ってやるって言ってんの。ロクな物食べてないんでしょう?」

「いや、ちょっとまて。すでに予約も……」

「キャンセル」

 私が人ごみ嫌いなの知ってるくせに。

 彼が携帯を使いながら頭を下げてるのが横目に見える。

 さて、何を作ってあげようか。

「鍋は勘弁な。もっといいやつ」

 決めた。メニューは鍋にしよう。

 クリスマスに鍋でいいじゃないか。私はクリスチャンじゃない。

 彼が私の表情を見て頭を抱えていた。

 どうせ、高級フランス料理の予定だったんでしょう? そんなのじゃなくていいじゃない。

 二人で食べられるんだからさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コウ『やっぱり今日は誰もいないですよね』

『コウさんが退出しました』―20:20:25

『アヤさんが入室しました』―20:31:35

アヤ『神様なんて信じませんけど』

アヤ『人同士なら信じてみてもいいと思いますよ』

アヤ『見ていないかもしれないけど』

アヤ『私はもう一度だけ待ってみたいので』

『アヤさんが退出しました』―20:33:28


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