【夢の光-The ray of the dream-】   著:河野 義広
小説〜ストーリー一覧へ戻る


登場キャラクター紹介

 

・緑川光一郎

本編の主人公。二六歳。元は、将来有望な刑事であったが、一年前に強盗犯を追跡中に自らのミスによって、人質の子供を死なせてしまう。懲戒免職は免れたが、それ以来、その罪の念に苛まれ続ける。また、事件の直前に最愛の恋人を病気で亡くしてしまう。

交通事故がきっかけで、トラベラー能力に目覚める。

(声 緑川光)

 

 

・緑岡光

 光一郎が異世界で出会った青年。その外見は、光一郎とそっくりであり、何か運命を感じずにはいられない。

 光一郎に対しては、非常に協力的で、光一郎が途方に暮れずに済んだのは、まさしく彼のおかげである。

                  (声 緑川光)

 

 

・マスター坂野

カフェ『トラベルチェッカーズ』を経営している。本名、坂野鉄斎。年齢、四五歳。非常に大柄な男で、三日月のようにそり返った髭が自慢。また、前頭部から頭頂部にかけては、既にお迎えが来ており、残った髪を伸ばし、三つ編みにしている。ただ、その事を口にする者はいない。それが、この店の掟だからだ。

(声 若本規夫)

 

 

・夢の人

 光一郎の夢の中にいつも出てくる女性。その目的が何なのか、全く明らかになっていない。度々、光一郎に助言をしてくれており、この正体不明の女性に対して、光一郎は、何処となく懐かしささえ感じている。

(声 國府田マリ子)






 

暗く細い道の先に一筋の光明が見える。それ以外は何も見えない。まさに、トンネルのような所だ。

そしてここに、一人の男が自らの運命の糸をたぐり寄せるかのように光に向かって歩いている。

「間違いない。何度も夢で見た場所だ。一体、あの光の先には何があるんだ」

男はそう呟くと、力強い足取りでまた一歩、歩き出す。その先に不安を抱きながらも、それに対する好奇心の方が強いようだ。

あの光が自分を呼んでいる、あの光の向こうに行けば何かが分かる、そんな気がするのだ。

そして、男はその先に答えを求めるかのように光の中へと飛び出し、消えていった。

 

 

―――― これより遡る事、三ヶ月前 ――――

「急患です。患者は、二十代男性。事故による頭部挫創で意識がありません!!

救急隊員の声が響きわたり、一人の男が手術室へと運び込まれていった。病院が一気に慌しくなる。  

      

この男の名は、緑川光一郎。どうやら道路で、車にはねられそうになった子供を助けようとして身代わりになってしまったらしい。幸い子供の方は助かったのだが、彼の方は依然として意識不明の重体である。

(俺は、どうなったんだ? 確か…、あの時……。誰だ!? 俺の中に入ってくるのは!!

 

 

―――― さらに遡る事、一時間前 ――――

 光一郎は、一人、道を歩いていた。どこと無くうなだれているような感もある。実は今日、五年間勤務してきた署に退職願を出してきたのである。

「もう、この仕事を続けていく自信が無い……」

 光一郎の脳裏に一年前の苦い記憶が甦る。事故とは言え、自分の所為で幼い子供を死なせてしまった、あの時の記憶が ――――

 ふと、道路の方に目をやると、女の子が一人道路に飛び出していた。

ちょうどそこに、一台の車が突っ込んでくる。運転手も気付いたようだが、もう遅い。その車は、けたたましいスリップ音をたて、まるで怒り狂った獣のように少女に襲いかかる。

「危ないっ!!

 頭で考えるよりもまず、体が動いていた。

 

 そして、光一郎の中で時間(とき)が止まった。

この後、どうなったかは良く憶えていない。気が付くと俺は、病院のベッドにいた。陽の光が眩しい。一体、どれくらい眠っていたのだろう?

 ふと、見上げてみると、

「あ、目が覚めましたか? もう、三週間も眠ったままだったんですよ」

 看護婦さんに声を掛けられて、俺は、自分がそんなにも眠っていた事に初めて気付いた。

(そうか、あれからそんなに経っているのか。確かに身体が重い気がする……)

「そうだ。あの子は……あの子は無事ですか?」

 俺は、思い出したように尋ねた。

「ええ、かすり傷程度だったので、その日のうちに帰られましたよ」

 それを聞いて、安堵の胸を撫で下ろした。

(そうか……。今度は救う事が出来たか……)

そう思い、俺はまた深い眠りについた。

その後、リハビリは大変だったが、助けた女の子が見舞いに来てくれたりして、病院では楽しく過ごす事が出来た。そして、二週間後、俺は退院した。

 

 

 退院して二ヶ月近くが経った。実は、あれからよく不思議な夢を見る。最初はボンヤリだったが、最近になって、それがはっきりしてきた。

 それは、どこか町がよく見渡せる小高い丘の上だった。丘の上には、町全体を見守るかのように一本の大きな木が立っている。すると、その木の側から異様な気配が漂っているのが分かる。そこから誰かが呼んでいる気がする。はっきりとは見えないが、それは扉のようだ。

その奥は、室内とも屋外ともつかない不思議な所で、どこまでがその空間になっているのかさえ分からない。ただ、見渡す限り無数の扉があるだけである。その中で、一つだけ縁が青く光って見える扉がある。

惹かれるようにその扉の先へと進むと、そこは長いトンネルのような空間だった。この長い道の向こうには小さな光が見える。その光に向かって歩くが、それを掴むと言う所で、いつも目が覚めてしまうのである。そういう夢だった。

 

 

 翌日、光一郎はその丘の上に立っていた。確かにこの場所だが、どうやってここまで来たのだろうか。まるで、何かに導かれるようだった。

 そして、夢で見たその木の側には、やはり扉があった。明らかに不自然な扉だ。

(おかしい。こんな所に扉があるはずが無い!! それにこのただならぬ雰囲気は何だ!? どこかで感じたような……そうか、あの時か!? 朧気だが、あの事故の時に感じたものと似ている)

 そして、確かめるように扉を開けると、そこには夢で見たものと同じ光景が広がっていた。その中で青白い光を放つ扉がある。光一郎は、その扉を開けて先に進んだ。

 

そこは、夢と同じで漆黒の闇が広がるトンネルのような場所だった。そして、その暗く細い道の先には、小さいが、確かな光がある。

光一郎は、希望を胸にその光に向かって歩いていく。

「間違いない。夢で何度も見た場所だ。……一体、あの光の先には何があるんだ」

光一郎はそう呟き、力強い足取りでまた一歩、歩き出していった。確かにその先に不安はある。だが、それに対する好奇心の方が勝っている。

(あの光が俺を呼んでいる。あの光の向こうに行けば何かが分かるはずだ……)

光一郎は、あの夢の答えを求める為に光を掴み、その先へと飛び出した。

 そして、光は光一郎を包み込み、彼とともに虚空へと消えていった。

 

 気付くとそこは、都会の路地裏だった。辺りに人の気配は無く、ただガラクタが散らかっているだけである。左側に目をやると、壁にフタが埋め込まれている事が分かる。黒く錆びがこびりついており、このフタが長い年月を隔てているのを想像させる。その大きさは、割りと大きめで、鍋のフタのようにも見えるが、古すぎてよくは分からない。

 気になったのか、光一郎はそのフタを手に取り、中を覗いてみた。その中は、暗く淀んでおり、空間が歪んでいるようにも思える。

(ここから出てきたのだろうか? 不思議だ! あそこからは、こんな所に繋がっているのか!? ……それに一体、ここはどこだ!)

 それを見ていると、深い暗黒に飲み込まれそうな気がして、光一郎はとっさにフタを閉めた。

そして、依然として夢なのか現実なのか分からない状況の中で、光一郎はその場を後にした。

 

ここの空は暗く曇っており、少々、肌寒いのが気になるが、凍えるとまではいかない。街は人で溢れており、普通の都会と変わらない。ただ違う事と言えば、割りと寒い地域であるにも関わらず、ここの人達は、日焼けをしたかのような綺麗な褐色の肌をしていると言う事。そして、何より目を惹くのは、額には宝石のような結晶体が付いていると言う事である。色、形、大きさは人それぞれで、美しく輝く第三の眼といった感じである。何故こんなものが付いているかは分からないが、必ず一人一つ、これが額に付いているようだ。

(しっかし、ここはどこだ? 歩いてる奴等は、みんな頭に何か付けてるし。……だが、俺達の所と文化体系は似ているようだな。あの看板の文字や奴等の話している言葉は日本語としか思えない。まるで、夢でも見ているようだ)

 俺は、そんな考え事をしながら道を歩いていた。

ドカッ!!

  突然の衝撃に、俺はその場にシリモチをついてしまった。何かにぶつかったようだ。

「痛っ!」

すると、目の前には眼鏡を掛けたサラリーマン風の男が頭を抑えていた。

「すいません。考え事をしていたので」

「すいません。考え事をしていたので」

 二人の声が重なり合い、辺りに響き渡る。次の瞬間、俺は、この男の姿に驚愕を覚えた。まるで、鏡を見ているようだったからだ。

「何で……何で、俺と同じ顔をしているんだ!?

 俺は、その男にそう訊ねてしまっていた。

「君こそ誰なんだ? 何故、僕にそっくりなんだ?」

 男も同じ事を訊き返してきた。この男も俺と同じ事を思っているに違いない。お互い混乱していたので、とりあえずその場は別れて、後で話し合う事にした。俺は、ここがどこなのか知っておきたかったし、この男にも興味があったので、ちょうど良いと思った。

 

 

その夜、俺たちは近くのバーで、飲みながらお互いの事を話し合った。奴の名は、緑岡光。まさか、名前まで似ているなんて思わなかった。大手コンピュータ会社で業務用ソフトウェアの開発をしているらしい。いわゆるエリートってやつだ。

「成る程、俄かには信じられないけれど、君の話が本当だとすると、ここと君のいた所とは、別の世界という事になるね。一種のパラレルワールドと考えていいと思う」

「パラレルワールド?」

 俺は一瞬、奴が何を言っているのか理解出来なかった。

「そう、つまりこの世界と君のいた世界とは、別の次元で平行に存在していて、通常では行き来は不可能なはず。だが、君はそれを超えてしまった」

「じゃあ、ここは日本じゃないのか?」

「いや、ここは確かに日本だよ。でも、少なくとも君の知っている日本ではないはずだよ」

 俺は、しばらく黙ったままだった。そんな突拍子もない話を信じられるはずもなかった。しかし、状況から考えて緑岡の言う事を認めざるを得ないだろう。

「それにしても、夜にもなると、けっこう冷えるもんだな。まだ夏なんだろ?」

「ここでは、どこもこんなものだよ。」

 それに頷くと、俺はまた、酒をあおった。 

「そう言えば、ずっと気になっていたんだが、頭に付いているソレは何なんだ?」

 そう言って俺は、奴の額の結晶体を指差した。

「これの事? これは、『輝眼』と言って太陽エネルギーを吸収し、それを体内に蓄積する為の器官なんだ。千年前の彗星衝突によって、巻き上がった粉塵は空を覆い、この世界を暗く寒い場所にしてしまった。だから、少ない日照から効率よくエネルギーを得るために、人類がそれに適応していったと言われている。しかし、千年経った今でもこのあり様さ。どうやら、その彗星にはある成分が含まれていて、上空で大気に溶け込み可視波長域の電磁波を吸収する特殊なフィルターを形成しているらしいんだ」  

「そうか、大変なんだな。それなら、どうして日があまり当たらないのに、そんな日焼けしたような肌をしているんだ?」

 ふと、そんな疑問が湧いてきた。それに対し、緑岡はこう付け加えてきた。

「これも、その彗星の影響さ。彗星によって形成された特殊なフィルターは、可視波長域の電磁波を吸収する代わりに、不可視波長域の電磁波を増幅して放射する性質も持っているんだ。その為、強い紫外線が降り注ぐようになり、人類はメラニン色素を増やし、皮膚を黒くする事で何とか適応したんだ。もっとも、赤外線も同時に増幅される訳だから、この星が氷付けにならずに済んだわけだけど。それと、この影響があるのは紫外線から赤外線の領域までで、その範囲を超える電波やX線といった電磁波に関しては、これと言った影響はないらしい」

 緑岡の説明の後、俺は頭を整理する為、しばらく考えこんでいた。その後、また俺から口を開いた。

「成る程な、確かに俺の知っている世界とは全然違うようだ。それにしても、パラレルワールドなんてファンタジー小説の中の話しだと思っていたよ。まさか、自分がそれになるなんて。それなら、俺は元の世界に戻れるだろうか?」

 俺の中に一抹の不安がよぎる。もう、戻れないのではないだろうか。これと言った未練がある訳ではないが、欲を言えば、せめて最後にアイツの墓を参っておきたかった。緑岡は、俺の落胆した様子を見かねたのか、こう切り出してきた。

「諦めるには、まだ早いよ。君が、この世界にこうして来れたのだから、きっと戻る方法もあるさ。それより、ここじゃ泊まるあてもないだろう。よければ、しばらくうちで寝泊まりするといい」

「悪いな。じゃあ、そうさせてもらうとするか」

(そうだな。確かに、コイツの言う通りだ。こんな所で諦める訳にはいかない。必ず帰るんだ。俺の世界へ……)

こうして、俺はしばらくの間、緑岡の家に厄介になる事になった。

 

 

 そこから、そう遠くない場所に緑岡のマンションはあった。その辺りは夜の静寂に満ちており、かすかに聞こえる鈴虫の音が子守歌のように心地よく感じられた。生活をする分には、良い所のようだ。

それにしても、緑岡のマンションには驚かされた。さながら、高級住宅と言わんばかりの豪華な内装、広い玄関からは目を見張る美術品の数々、そして明るいリビングへと続き、何部屋くらいあるのだろうか、横の廊下は先が見えない程長い。そして、俺は客間へと通された。

「この部屋を自由に使ってくれて構わないよ」

 この家の凄さに俺は、感嘆しきりだった。

「すごい所だな。広くて、とてもマンションだとは思えない」

「まあ、このフロア全てを買い占めて、改装したからね」

「へえ、金持ちなんだな」

 そう言って、俺はベッドに腰掛けた。柔らかくて寝心地の良さそうなベッドだ。

「じゃあ、僕は隣に居るから何かあったら呼んでくれ」

「ああ、分かった」

「じゃあ、おやすみ」

 そして、緑岡は部屋を出て行った。まだ、仕事が残っているらしい。まだ仕事をするなんて、ご苦労な事だ。

俺は、緑岡の言葉に甘えて、そこで眠る事にした。俺は、ベッドに入りながら考え事をしていた。

(今日は、色々な事があったな。まさか、自分が異世界に来てしまうなんて。これから、どうすればいいんだ…)

信じられない事の連続で、精神的にだいぶ疲れていたらしい。俺は、そのまま深い眠りについた。

 

夢を見た。俺は、誰かに導かれるように街中を歩いていた。もちろん、辺りの建物に見覚えはない。そして、人気のない路地裏に入り、一軒の喫茶店へと辿り着いた。すると、俺の頭の中に声が響いてきた。

「さあ、その中に入りなさい。きっと、あなたの知りたい事が分かるはずよ」

「誰だ! 誰なんだ、あんたは!! 何故、俺の夢の中に現れるんだ?」  

 俺は、声の主に呼びかけたが、答えは返って来なかった。すると、急に頭が重くなったように感じ、そこで意識は途切れてしまった。

 朝、目覚めは良かった。俺は、用意してもらった朝食を食べながら、夢の事について考えていた。

「どうしたんだい? 何か、考え事でもあるのかい?」

 そう言って、緑岡はコーヒーを注ぎながら、俺の顔を覗き込んだ。

「夢を……夢を見たんだ」

 俺は、緑岡に夢の一部始終を話した。

「うん、君の言う喫茶店の事は分からないけれど、君の話からすると、そこがどの辺なのかは見当が付くよ」

 朝食後、緑岡にその場所を教えてもらい、俺は、早速そこに向かう事にした。

 

 街外れの路地裏にその喫茶店はあった。店の名前は、カフェ『トラベルチェッカーズ』。ただならぬ雰囲気を感じたが、夢の言葉を信じ、中に入る事にした。

「おっ、こんな所に客とは珍しいな。なぁ、マスター」

 店に入るといきなり、パンク系のファッションに身を包んだ若い男が、そう言ってきた。この他にも数人の客がいたが、店の中はいたって静かなものだった。

(何だ、こいつは? ……ん!? こいつ、額に輝眼が付いてないぞ! いや、こいつだけじゃない!! 他の客も輝眼が付いていない。それが付いているのは、ここの店主らしい奴だけだな)

 俺が話し掛けようとした瞬間、この店のマスターと思われる人物が先に話し掛けてきた。

「君は、『トラベラー』だね?」

「何だ、そのトラベラーってのは?」

 それは、俺にとって初めて聞く単語だった。

「君はこの世界の住人ではないだろう? 額に輝眼が付いていないのが何よりの証拠だ」

「それを知っているのか! だったら、どうしたら元の世界に帰れるのか教えてくれ」

 俺は、やや激しい口調でマスターにそう問い掛けた。

「まあ、そう慌てるなよ。全部説明してあげよう。その前に、申し遅れたが、私はこの店のマスターをしている坂野と言うものだ」

「俺は、緑川。緑川光一郎だ」

「そうか、緑川君だね。率直に言おう。君がこの世界の住人でない以上、君は一般に『トラベラー』と呼ばれる能力者と言う事になる。何故なら、異世界に行くための扉である『ゲート』を発見し、それを開ける事が出来るのはトラベラーしかいないからだ。何か、心当たりがあるんじゃないかね?」

「何だと? 確かに、心当たりはあるが」

 俺は、ここに至るまでの経緯をマスターに話した。

「なるほど、夢のお告げか。聞いた事はないが、今から『トラベラーズネットワーク』にアクセスして能力者のデータベースを検索してみよう。少し、待っていてくれ」

そう言ってマスターは、店のパソコンの電源を入れた。

「能力者の一部には、特殊能力を持っている者がいるのだ。君のそれは、恐らく特殊能力だろう」

 それから、十分程の沈黙が続いた。そして突然、マスターが声を上げ、その沈黙は破られる事となった。

「あったぞ! まだ、君を含めて三例ほどしか確認されていないが、オラクル《Oracle》と言う能力のようだ。この能力は、夢の中で何か特別な存在からお告げを受ける事で、様々な情報を得る事が出来るものとある。また、自分の夢の中から他人の夢など特定のメディアに対してアクセスし、その中で自らの力を行使する事によって、そこに影響を及ぼす事も可能らしい」

「オラクルというのか? 俺の、この能力は……」

「そうだ。確かに、そう記されている」

 マスターは、先程までとは打って変わって、静かにそう答えた。

「じゃあ、その夢の中に出てくる特別な存在ってのは、一体何なんだ?」

「そこまでは、明らかにされていない。もしかすると、神さまかも知れないし、君の守護霊かも知れないな。あるいは、君と同様の能力を持つ何者かの仕業かも知れん。まあ、とにかく詳しい事は一切不明だ」

 そう言って、マスターは一杯のコーヒーを差し出してくれた。俺は、それを飲みながら一息入れる事にした。

「そうか、じゃあ、どこから元の世界に帰れるんだ?」

「ゲートは様々な所にあるのだが、それが密集したアクセスポイントと言う所がある。そこには、多数のゲートがあり、様々な世界と繋がっている」

「んで、そのアクセスポイントってのはどこにある?」

「実は、この店の地下は、アクセスポイントになっているのだ」

 そのあまりの大胆発言に、俺の手の動きが止まった。 

「マジか!?

 咄嗟に、首がマスターの方を向く。そして、俺は驚きのあまり、あの口癖が出てしまっていた事に気付いた。だが、それも仕方ないだろう。いきなり帰れるアテが見つかったのだから。

「だがね、そのゲート内には『獣』が棲んでいるのだ。非常にどう猛な奴らでね。一人ではとても危険だ。ましてや、君の能力は攻撃系のものではない。だから、今そこへ通す訳にはいかない」

 喜びも束の間。マスターは、そう警告してきたのだ。

「何なんだ、そいつ等は?」

「詳しい事は、まだ分かっていない。その種類も様々だ。ただはっきりしているのは、我々に対して強い敵対意識を持っていると言う事だけだ。我々を異物と認識し、それを排除しようとしているのかも知れないな」

 マスターの口から、また思いもよらぬ事が告げられた。もっとも、今さら何を言われてもたいして驚きはしない。ただ、そんな奴等が居るなら、来るときに何故、遭わなかったのだろうか。光一郎はふと、そう思った。

「分かった。じゃあ、また何かあったら来るよ」

 そう言って、俺はこの店を後にした。帰り道、俺はずっと考えていた。帰れる方法がある事は分かったが、それにしても、獣とは一体。とにかく、その事を緑岡に話しておく事にした。

「成る程、おおよそ理解は出来たよ。でも、そんな獣がいるんじゃあ、迂闊に行く訳にはいかないね。もう少し、様子を見たらどうだい?」

 緑岡のその判断は正しい。俺も今、帰るのは危険だと思う。俺はもうしばらく、ここに居る事にした。

 

 

 ここに来てから、もう十日が経った。俺は、毎日のように街に出て調べてはいるが、これといった情報は入ってこない。思えば、ここに来てからずっと、緑岡には迷惑を掛けっぱなしだ。あいつは毎晩、夜遅くまで仕事をしているようだ。何をしているかは分からないが、それよりあいつの体の方が心配だ。その日も、パソコンに向かっているあいつを他所に、俺は眠りに付いた。

 また、あの夢を見た。およそ十日ぶりになるな。あの夢を見る時は、すぐに分かる。妙な現実感がありながら、自分が今、夢を見ている事をハッキリと認識できる、そんな不思議な感覚だからだ。その夢が、『夢』であると分かる。いわゆる明晰夢と言うやつだ。だが、ここは俺が泊まっている部屋だ。今回ばかりは、これが本当に夢なのかさえ怪しくなってくる。もっとも、そんな疑いもすぐに晴れた。どこからか、あの声が聞こえてきたからだ。

「あなたの友人が危険に晒されようとしています。助けてあげて。あなたなら、きっと助けられるわ」

すると、俺の目の前に白い服を着た、長い黒髪の女性が現れた。表情こそ、よく分からないが、穏やかで、暖かく包まれるような、そんな感じがする。

「あなたは誰だ? どうして、俺の夢に! それに、友人って誰なんだ。第一、俺に人を助けられるような力なんてない。俺は、一体どうすればいい? 教えてくれ!?

「あなたには分かるはずよ。さあ、自分を信じて……」

 そう残すと、彼女は消えてしまった。その声に、俺はどこか安らぎを感じていた。

 目が覚めると、時間は午前三時を少し回った所だった。

廊下からあいつの部屋の方を覗くと、明かりが付いている。まだ、仕事をしているのだろうか。俺は、気になったので、様子を見てくる事にした。部屋の扉の前で、

「おい、まだ仕事してるのか? もう休んだらどうだ?」

 そう声を掛けたが、返事は無い。俺は、扉を開けて部屋の中に入ってみる事にした。すると、あいつはそこに居た。頭を垂れて、酷く落ち込んでいるようだった。その背中には哀愁が漂っており、全く活気が感じられない。そして、かすかに声が聞こえてきた。

「もう、終わりだ。とうとう足がついてしまった……」

「何の事だ? 俺に話してくれないか?」

 俺には、それが何の事なのかサッパリだった。だから、説明して欲しかった。

「ああ、全てを話すよ」

 衝撃の事実が、次々と語られていった。何と緑岡は、ハッカーだったのだ。主に、マフィアの機密情報をハッキングして、それを別の組織に売ったりしているらしい。成る程、それで金があるのか。今回は、世界でトップクラスの勢力を持ったマフィアへのハッキングだったようだ。その途中で、足跡が付いてしまったのだ。

「このままでは経路を特定されてしまい、明日中にも、この場所は見つかってしまうだろう」

「その足跡は消せないのか?」

 俺は、そう問い掛けてみた。

「無理だね。そこは、AAA(トリプルA)のプロテクトが掛かっていて、管理者でも容易にアクセス・ログを書き換える事は出来ない……」

「警察は? 警察で匿ってもらえないのか?」

「とてつもなく巨大な組織なんだ。もはや、警察ではどうしようもないよ」

 緑岡の口から絶望的な状況が告げられる。そして、どうする事もなく、そのまま朝を迎えた。

 

 朝早く、一本の電話が掛かってきた。『トラベルチェッカーズ』のマスターからだった。そう言えば、あの時、ここの電話番号を伝えておいたからな。何か分かったのだろうか。今は、そんな場合じゃないんだが。

「緑川君かね? 先程、『第七ゲート調査隊』から報告が入ってね。どうも、獣達は定期的にメンテナンスを行う必要があるようだ。だから、その時間だけは防御が手薄になるのだ。それが、君のゲートだと、本日深夜0時からの十分間となる。それを逃したら、暫くは帰れないだろう。待っているから、必ず来るんだ!」

 そうして、電話は切れた。

(元の世界に帰れるのか!? だが、あいつをこのままにしてなど……しかし、この機を逃したら……)

 暫くの間、そんな葛藤にかられていた。

「良かったじゃないか。元の世界に帰れるんだろう? ここに居ても危険なだけだし、早く行った方がいいよ」

 緑岡は、悩んでいる俺にそう言った。

(こいつは、俺の為を思ってそう言ってくれている。なのに俺は、こいつを置いて帰ろうとまで考えていた……俺が、この世界で生きてこれたのは、こいつのおかげだってのに……馬鹿だな、俺は!!

 俺の心は、決まった。この判断は、間違っていない。

「何、言ってんだ!! このままで、帰れる訳ないだろ?俺も最後まで手伝うぜ!」

「ありがとう」

 そうは言ったものの、コンピュータの知識もあまり無いし、どうしたらいいか全く分からない。すると、頭の中にマスターの言った言葉が響いてきた。

(「また、自分の夢の中から他人の夢など特定のメディアに対してアクセスし、その中で自らの力を行使する事によって、そこに影響を及ぼす事も可能らしい」……ん?特定のメディア!? という事は、他人の夢の中以外にも行けるって場所があるって事だよな? もしかすると、ネットの中にも……)

「そうだ!! 俺の能力を覚えているか? その能力で夢の中からアクセスしてみたらどうだ?」

「そんな事が出来るのか?」

「分からん。だが、このくらいはやっておかないとな」

「失敗したらどうなる?」

「さあな。二度と現実世界に戻って来れなくなるかもな。だが、今はそんな事を気にしている時じゃあない。ナビは頼んだぜ。行くぞ!」

「分かった」

 俺は、ネットの世界を強く念じ、眠りに付く事にした。この男を救うために、そして、俺自身の未来を切り開くために。俺は、未知の世界へと旅立ったのだ。

そこは、今まで見た事もない所だった。どうやら室内らしく、その外壁は回路のようなデザインになっている。そして、その暗い空間の中に幾重にも折り重なった光の筋がどこまでも続いている。時折、そこを光の球が流れていくのが見える。

「ここが、ネットの世界なのか?」

「そうだよ。無事たどり着いたようだね」

 背後から、緑岡の声がした。何とかネットの世界に入れたようだ。本当に来れるとは、思っていなかったが。

「じゃあ、これから案内するよ」

「分かった。よろしく頼む」

 そして、緑岡のナビゲーションが始まった。こいつの指示は、まさしく完璧だった。

「じゃあ、そこのルータを経由して、右前方にあるコンピュータに入ってくれ。ゲートはこちらから開けておく」

「分かった」

「よし、次はここだ。ここは、通信路を暗号化しないと通過できないから、23番ポートを使用してアクセスする。細かい設定は、今こっちで行った。目の前に見える通路から先に進んでくれ」

 緑岡の適切なナビのおかげで、とうとう問題のプロテクトが掛かったサーバにたどり着いた。目の前に巨大なコンピュータがある。まるで山のようだ。普通に考えれば、どうしようもないレベルである事は、明らかである。

「僕が案内できるのは、ここまでだ。あとは君に任せるしかない。すまない……」

「気にするな。もとは、俺が言い出した事だ。何とかなるさ。そう、力を行使して影響を及ぼす。つまり、『想い』は形になると言う事。その『想い』が強ければ強い程、それは、より大きな力を生み出す。そこに、不可能なんてないんだ!!

「はあああああ!!

 身体の中から、とてつもない力が湧き上がってくる。今なら、何でも出来そうな気がする。

次の瞬間、光一郎の体から無数の光が飛び出していった。光は、電脳世界の闇を照らし、その辺一体を大きな光で包み込んだ。すると、次々とサーバのデータが書き換えられていく。そして、その役目を終えた光は、光一郎とともに闇の中へと消えていった。 

 

気が付くと、俺はベッドで寝ていた。そして、横では緑岡が心配そうに俺を見ている。

「気が付いたかい? 君のおかげで、本当に助かったよ。本当にありがとう」

「そうか、よかったな」

 どうやら、うまくいったらしい。本当によかった。

「今は、午後十一時三十分だよ。急いで行けば、まだ間に合う。さあ、行くよ」

 俺は、元の世界に帰る事にした。もう、この世界で出来る事は、全てやったはずだ。気持ち良く帰れるだろう。

 

 カフェ『トラベルチェッカーズ』に着いたのは、深夜0時ちょうどだった。店の中では、マスターが待ちわびていたようだった。

「早くするのだ。帰れなくなるぞ!」

「ああ、分かってる」

俺は、いそいで地下への階段をかけ降りて行った。すると、後ろから声が聞こえた。緑岡だった。

「また、会えるか?」

「当たり前だろ。いつか必ず戻ってくる。I’ll be back!!

俺は、その問いにそう答え、あいつを指差した。

そして、踵を返し地下へと入っていった。そこには、やはり無数の扉があった。だが、どの扉に行けばいいのかは、もう分かっている。

「あそこだ!」

その扉を開け、勢いよく中へ入った。そこは、この前と同じで、暗く細いトンネルがどこまでも続いていた。しかし、俺は立ち止まる事なく全力で、そこを駆け抜けていった。

どれくらい走っただろう。まだ、外には出られない。それでも、その先の光が徐々に近づいてくるのは分かる。    だから、俺は走り続けるんだ。そして ――――

 気が付くとそこは、異世界へと旅立ったあの丘だった。一陣の風とともに、辺りの草木が穏やかに揺れる。風が気持ちいい。間違いない、肌で分かる。ここが、俺の世界なのだと。そうして、光一郎は、今までの出来事をそっと思い出してみる。

いつも夢に出てきていたあの女の人、異世界へと続く扉、そして、自分の能力。分からない事が、まだまだ沢山ある。だが、どこか心は晴れやかだ。そう、この世界にまた、戻って来れたのだから。

「これからどうするか? そうだな、墓参りに行こう」

 そう言って、光一郎は、真っ直ぐと前を向いて歩き出した。空は、どこまでも、どこまでも青く澄み渡っている。今日も、暑くなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

用語説明

 

・トラベルチェッカーズ

マスター坂野が経営しているカフェ。しかし、それは表向きで、実際は異世界間を繋ぐアクセスポイントのひとつとなっている。トラベラーズネットワークにも加入しており、様々な情報を得るには便利である。ただ、マスターがちょっと恐いので、あまり客が寄り付かない事が欠点であり、また利点でもある。

 

・トラベラーズネットワーク

トラベラー達の能力が細かく記されている総合データベース。情報は日々、更新されトラベラー達の重要な情報源となっている。ただ、異世界間は、直接的に繋がっている訳ではないので、どういったネットワーク構造になっているかは不明である。

 

 

 

 

AAA(トリプルA)のプロテクト

 システムの管理者であっても、このプロテクトを解除する為には、27もの工程とそれに対応する確証データが必要である。したがって、このプロテクトが掛かったデータを、それ以外の人間が改ざんするのは、ほぼ不可能となる。そのため、重要な証拠として使われる場合も多い。   (注 『トライエース』ではない)

 

・第七ゲート調査隊

 現在、一二八あるゲート調査隊のひとつ。彼らの主な任務は、異世界間の距離及び、その周期の調査と、そこに棲む獣の調査である。常に危険と隣り合わせの為、彼らは全員、優れた戦闘能力を有するトラベラー能力者達である。トラベラーズネットワークが、ここまで発達したのは、彼らの功績による所が大きい。


【夢の光-The ray of the dream-】   著:河野 義広
小説〜ストーリー一覧へ戻る

TOPへ戻る