【宮子からゆのっち(ひだまりスケッチ:二次創作その1)】
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宮古からゆのっち(ひだまりスケッチ二次創作1)

                                                      陽ノ下光一


 私立やまぶき高校、その正門を挟んだ向かい側に、二階建て6部屋のアパートがある。入口には「ひだまり荘」というプレート。しかもそれは手描きのようにみえ、特に「だ」の文字が強烈な個性を放っていた。
「夏休み、何して過ごしたらいいかなー」
 アパートの階段を上る2人の少女。その内、ひときわ背が小さく、肩口手前で切りそろえた髪に特徴的なバッテンの髪留めをしている少女が、つぶやくように言った。
「あんまし考えないで、ゆのっちの好きな事すればいいんだよー」
 そう応えた少女の方は、適当にのばした髪を、これまた適当にしばっていた。表情と声は陽気そのものだ。
 ゆのっちと呼ばれた少女が、シャツの上からストライプ模様の羽織を可愛く装っているのとは対照的に、男物の無地のシャツと年頃の娘にしてはラフないでたちだ。
「おじゃましまーす」
 202号室の表札がかけられた部屋。カギが開けられると、背の高い少女に続いて、ゆのっちと呼ばれた女の子も部屋へと上がった。
 部屋の中で特徴的と言えるものはないが、それがかえって、女の子の部屋にしては何も無い殺風景な感じだ。カーテン丈が短く、下から室内が見えてしまう点も気になるところだろう。
 ガラス窓の手前の床には、横長の紙が1枚。その上には絵筆と受け皿に、無数の卵の欠片が散らばっていた。
「宮ちゃんは本当にすごいなーって思う……私もそういうの思い付かないかなぁ」
 宮ちゃんと呼ばれた陽気な笑顔の少女は、大きさもまばらな欠片の1枚1枚に黄・緑・青など、様々に着色している。ゆのっちこと、ゆのはクッションを挟むように座り込んで、宮ちゃんこと、宮古を見遣った。
 宮古はせっかくの夏休みだというので、壁画は無理でも、身近な材料で創作をしたいと……昨晩、卵を食べた際に思いついて、その思い付きからモザイク画の作成にかかっていた。ゆのはと言えば、夏休みに入って遅くまで寝て、だらだらとしていた事を自戒したばかりなので、宮古の芸術科生らしい過ごし方に感心するばかりである。
「えー?」
 宮古は振り返って首を傾げる。
「別にこういうのじゃなくてもー♪ ゆのっちが私になりたい訳じゃないんだし」
 宮古が笑顔一杯でそう応えると、ゆのはちょっと不満げな感じだ。
「えっ? なりたいよー!」
 宮古みたいになりたい、と応えたゆのに、宮古が笑顔で突っ込みをいれてくる。
「えっ、別にボケた訳じゃなくて!」
 ゆのとしては偽らざる本心を訴えたのだが、宮古には冗談に聞こえたようだ。つっこみを入れた宮古は、再度卵の欠片に向かって、モザイク画の作成にとりかかる。
「そっかー意外〜。私はゆのっちになれたら嬉しーよ?」
 宮古の後ろで驚きの声が上がる。
「わ……わかんない何で? 全然わかんないよ〜……」
 宮古は製作の手を止めて、あぐらをかいたままくるりと身体を回転させて、ゆのに向き合った。
「わかんない? うーん、そういうものなのかもねー♪」
 ゆのはそう言われて、目を瞬いている。
「……そういうものなの?」
「うん。そういうものなんだよ、きっと」
 宮古の笑顔とは対照的に、ゆのの表情はクエスチョンマークが頭の上に浮かんでいそうな感じだ。
 その後、わずかばかりの歓談を挟んで、ゆのは夕飯の買出しへと部屋を後にした。残った宮古は、ぐっと背伸びをする。女子の誰もがうらやみそうな引き締まった身体に大きな胸の持ち主だ。
「だから、そこは譲れないんですってば」
 下の階から何かに向かって怒るような声が聞こえる。
「沙英さん、頑張ってるなー」
 宮古はにこやかに絵筆を持ち直して、着色を再開する。下の階からはその後も何度か声が響いてきた。
「だーかーらー、作家としてそのラインは譲れません」
 沙英と呼ばれた階下の部屋の主は、高校生でありながらプロの小説家である。誰からも頼られる、お姉さんというよりは、お父さん的存在の女子高生だ。
 その声を耳にしながら、鼻歌交じりに宮古は創作を続けた。
「うーん、私はゆのっちみたいになりたいけどなー」
 自分しかいない202号室で、宮古が独りごちた。創作している内に時間が経過していたのか、階下からの声は聞こえなくなり、陽が少しずつ傾き始めている。
 少し疲れたのか、宮古はあぐらを解いて、目をつぶり手足を伸ばす。そのまま、床に寝そべって天井を見上げた。
「そっかー、もう1年経つんだなー」
 目をつぶって振り返れば、高校に入って2度目の夏休み。1度目の夏休みは振り返る思い出の領域になっていた。
「ゆのっち、今年は泳げるんじゃないかなー」
 宮古は昨年のプールでの出来事を昨日の事のように思い出した。


「私、トンカチなんですってばぁぁぁ」
 進むごとに深くなっていく海を想起させるプール。ひだまり荘の仲良し4人組で入ったところ、足が付かない深さまで進んだところで沈んでしまったのは、ゆのだけである。
『トンカチ?』
 全員が思わず聞き返した。いわゆる「カナヅチ」だと言いたかったようである。
 その後、浮き輪を借りてみるも、ゆのはまさに「トンカチ」であって、波のプールの余波に逆らえず、プールサイドへ押し戻されへこんでしまったり、流れるプールではなかなか入る事が出来ず悩んでいた。
 その後、疲れて眠ってしまったゆのを、残りの3人でそっと運んでプールに入れたところ、見事に浮いていた。要は力みすぎて、うまく浮けなかっただけだったのだ。
 その日のプール帰りに、気遣いをみせた上級生の沙英に対して、ゆのはプールで寝ていた時に見たという夢の話をしていた。
「いえっあの私……泳ぐの練習してみようと思って……さっきプールサイドでうとうとした時に泳いでる夢を見たんです。自分の体じゃないみたいにフワッて水に浮かんで、すっごく気持ちよくて……だから、頑張ってみようかなって」
「ゆのっちだったら絶対すぐ浮けるよ〜♪」
 そう応えたのは1年生だった時の宮古である。
「そ……そっかな……」
 ゆのは、やや不安気。宮古は即答した。
「うん、絶対!」


「うん、ゆのっちだったら大丈夫」
 1年前の記憶から戻って、天井に向かって自信満々に言った。ゆのと宮古はアパートも一緒、クラスも一緒なためか、周囲から比較される事が多いように感じている。
 宮古は気楽にさらりとかわしながら、芸術もそれ以外の教科でも、とにかく何でもうまくこなしてしまう天才肌、と周囲には捉えられていた。
 ゆのは、やさしく素直な女の子、何事にも一生懸命だが、よく空回りしてへこんでいる不器用な女の子……と、周囲から対照的に評価されているように思っていた。
「私はゆのっちがうらやましいけどな〜」
 と、天井へ向けてさらにつぶやいた。
 宮古はいくつもの思い出を振り返る。例えばこうだ。


 1年生の時、最初の文化祭。個人展示用の作品を作る……となった時に、ゆのは寝不足気味だった。
「どったの、ゆのっちー? 寝不足?」
「うーん、ちょっと考え事しちゃって……」
 宮古が聞くにこういう事だ。美術クラス恒例の個人展示、絵でも塑像でも何でも、好きなものを自由なテーマで作成していいというのだ。
 何を作ればいいのか分からない。何をどうしようと、寝不足になるまで真剣に向き合って、ゆのは色々と考えていた。
 ゆののそういう姿を見た時に、宮古は一瞬でテーマを決めてしまった。
「深く考えなくていーのにー。『何でもいい』んだもん」
「そうなんだけどね……宮ちゃんは、何作るか決まった?」
 問いかけたゆの。宮古は即答した。
「うん、今決まったー」
「今!」
 ゆのには驚かれたが、宮古は悩んでいるゆのの姿を見て、『創作に悩める少女』という題で、悩める少女の……ゆのの姿をスケッチに起こした。ゆのは展示前日まで悩みぬいて、文化祭の準備で一体となって輝いているクラスメートを描いていた。
 宮古には、ゆのらしい、視点の優しい素敵な画だと思えた。


「いつもいっぱい考えて、いっつも優しい視線で、私はゆのっちになりたいなあ」
 宮古はそう思う。自分自身は常に「考えない、なるようになる」でやってきている。それでどうにかなってしまっている。でも、それって良い事なんだろうか、とも思わなくもない。
 ゆのはどんな題材にでも、日常のどんな出来事にでも悩みを抱えてしまうほどに真剣だ。自分はそんな真剣に何かをしてきた事があったんだろうか。
 宮古は自分の中身が空っぽなんじゃないかと思ってしまう。塑像を作れば高評価、野外スケッチの講評は上位クラス。何をしても褒められる。友人達にも恵まれているのか、明るい話題ばかりが耳に入ってくる。でも、芸術家ってそういうものだろうか。
 例えば、何かを悩みぬいてロダンは「考える人」を作成したんじゃなかっただろうか。美術史で習ったロダンは、人間の内面性を深く追求した彫刻家だったはずだ。ゴッホは悩みぬいて死んでしまったけど、印象派の画家として、そこまで追求して「ひまわり」などの風景画を描いたんじゃなかっただろうか。
 ゆのには、宮古に無い美点が多すぎるほどにある。自分の事は案外、自分自身では見えていないものかもしれない。だとしたら、ゆのが「えっ? なりたいよー!」と、宮古に言ったのは、逆説的に宮古も自分自身をよく見えていないものなのかもしれない。
「あの時の女の子、私の絵は欲しがらなかったよねー」
 宮古はまた振り返る。部屋に差し込む陽光は橙色が強みを帯び始めていた。


 まだ1年生だった時、担任の吉野家先生がホームルームで言っていた、岩樺駅近くの、町を見下ろす高台にある神社へ2人でスケッチに行ったときの事だ。
 小さな女の子がやってきて、自分の絵をのぞきこんでいた。
「お姉ちゃん、絵、上手だねー」
 と、その女の子は素直な感想を述べてくれた。
「お、あんがとねー」
 と、返した宮古。しばらく自分のスケッチを見ていた女の子は、「バイバーイ」と手を振って去っていった。
 その日、神社から帰る時に、ゆのが「私の絵を見に来た女の子がいたんだ」と話した。おそらく話からして、同じ女の子だろう。
「私に『姉ちゃんって天才?』だって……全然、そんなことないのにー」
 ゆのは言いながら、言ったのと逆に喜んでいる感じ。
「そうしたらその女の子、『その絵もらっちゃダメですか?』だって。私なんかの絵でよければってあげたんだけど、すっごく嬉しそうにしてくれてね」
 ゆのは手をさすり合わせるようにしている。かなり照れくさそうだ。
 宮古のところに来た女の子はスケッチらしいものは持っていなかった。という事は、自分の絵を見た後に、ゆのの絵を見に行ったということだろう。
「きっとその絵に、心に訴えかける何かがあったんだよ!」
 宮古に対して、言われたゆのは「どうして?」という風だ。「ただの風景画だし」と。
「たぶんその子、私んとこに来た子と同じコだけど、私には欲しいって言わなかったもん!」
 そう言った宮古が、ゆのを見遣ると。表情がぱっと明るくなったように感じた。


 思い出す内に、空に星が瞬き始めた。宮古のお腹の虫が声を立てる。
「おなか空いたなーっ」
 起き上がって部屋に詰まれたダンボールの中から、饅頭の入った箱を取り出して、1個、また1個とほうばる。
 実家は貧乏。特待生扱いで高校に進学できた宮古だが、金欠である現実は変わらず、上級生でお母さんみたいに優しいヒロや、同級生のゆののご相伴に預かる事も多々。そうでない時は、実家から時折送られる饅頭などを食べる日々だ。これでよく元気が保てるものである。
 3個目の饅頭をほうばろうとしたところで、玄関が開けられる。玄関先には笑顔になった、ゆのがいた。
「宮ちゃーん、決まった決まった♪」
 爽やかそうな、ゆのの笑顔。夏休み、自分がしたい事を見つけてきたようだ。
「おお! おめでと〜♪ 何にしたの?」
 宮古が問いかけると、真新しいスケッチブックを見せてきた。
「私! 毎日絵日記をつけることにした!」
「お〜! それいいね! ナイスアイデア♪」
 ゆのらしい、良いアイデアだと、宮古は思う。夏休みの1ヶ月、きっとスケッチブックには優しい視線で楽しい思い出が一杯描かれることだろう。
「買い物の帰りに小学生のコたちとすれ違って、それがきっかけで……」
「あー、なるほどー♪ ゆのっちは文字通りの『身の丈に合ったもの』にしたのだね!」
 宮古がゆのの背の低さを茶化すように言うと、予想通りに慌てた仕草で反論が返ってきた。
「えっ? ちーがーう〜!」
 やっぱり、と宮古は思う。ゆのは素敵な友達だ。こんな人みたいに、自分もなれたらどれだけ良い事なんだろう。うん、ゆのに言ったように、自分自身も自分の事はよくわかってないんだな、と宮古は思った。
 この真新しいスケッチブックに、自分も描いてもらえたら、それは愉快でたまらない思い出に違いない。夏休みはまだ始まったばかりだ。宮古の胸にわくわくする何かがこみあげてくる。
「よし、じゃ、沙英さん、ヒロさんにも早速お披露目しよー」
 宮古がゆのの背を押すように、自分達の慕う先輩達の部屋へと向かっていった。

【完】

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