最初に言っておくわ。変なこと考えた人は土下座しなさい。
「……姉さん。一体これは」
「知らないの? 男の子はこういうの詳しいと思ってたけれど」
俺と姉さんはある一つの物体を眺めていた。
大きくて、立派だと姉さんは言うが。
「まぁいいわ。それよりこれについて講義します」
「また変なのを……姉さんも大人になって来てるんだからさ」
「あなただって大人でしょ? ……だけど、本当に大きいのね」
姉さんはソレをまじまじと見つめ、人差し指でつん、とつついた。
ソレはびくん、と大きく震える。
「うふふ。おいしそう」
「食べるな姉さん。頼むからソレは食べるな」
「何言ってるのよ。おいしそうな物を目の前に置かれて黙っているとでも?」
姉さんはしばらくソレを眺めた後、少し考え込んだ。
頼むから変なことは考えてないよな。な、な?
俺のそんな思いも虚しく、姉さんはそれをじーっと観察している。
真っ赤でカッコイイ、ザリガニを持ちながら。
姉さんはザリガニを持ちながら、俺に話を始めた。
「このザリガニは近所の川から釣ってきたわ。意外に大きいのね」
「アメリカザリガニだからな」
「こんなのがミミズで釣れるなんてビックリよ」
ミミズで釣ったのか、姉さん。
姉さんは俺の前に机を置き、ザリガニを置きながらこう言った。
「では、これからテストを始めます」
「何のだ」
「これの事に決まってるでしょう?」
そして、姉さんは先生のように問題を出した。
「問題です」
「はい」
「ザリガニを飼う時は、水道から出した水を使っても良い。○か×か」
難しい問題だな。
少し考えた後、俺は姉さんに向かって言った。
「少し置いて抜いた奴なら○じゃないか?」
「正解。間違えると思ったのに」
姉さんは俺をなでなでしてきた。
やめろ。そっち今ザリガニ触ってた手だろうが。
「中国では珍味として扱われるそうよ」
「実際に食うんだな」
「あなたの……いえ、何でもないわ」
「ん?」
「きっとエビみたいな味なんでしょうね」
ザリガニとエビは全く違うような気がする。
あとさっき何を言いかけた。何をだ。
姉さんの目が怖いぞ。俺何かされるのか、俺何か悪い事した?
「間違えたらお仕置きしてやったのにね……」
「えーっと、なんて言いました?」
「何でもないわ」
姉さんのザリガニ講座は今日中ずっと続いた。
というより、どれだけザリガニマニアだったのだろうか。
我が家にザリガニという家族が新しく増えた。
何故か俺の部屋に置く事となっている。何故だ。
酸素ポンプや水草、石を置いた後、俺はため息をついてベッドに倒れる。
「……なぁ君。姉さんをどう思う?」
俺の問いに、ザリガニは両方のはさみをうぉーっと持ち上げて答えた。
そんなの自分で考えろ、てか? わからん。
「……寝るか」
夢の中で、俺はある一人の男に出会った。
真っ赤なTシャツを着ていて、何だかすごい明るい人。
「よう。俺はお前の家のザリガニだ」
「何故ここにいるし」
「姉さんについて話そうと思ったからだ」
「姉さん?」
ザリガニの化身? は困惑する俺に向かいこう言う。
「俺の世話を見るときなんか、お前の姉さんは本当に楽しそうだったぞ」
「まぁあんな姉だしな」
「いや、それだけじゃない」
ザリガニの化身は一言付け加えた。
「俺が言ってやろう。お前の姉さんは極度のブラコンだ」
「何だと? というより何故それが分かる?」
「ははは」
ザリガニの化身は両手をうぉーっと天に突き上げて言った。
なるほど。確かにあのザリガニだ。
「俺の世話をしている時なんか、ずっとお前の事をぶつぶつつぶやいているんだ。ベッドの中に引きずり込んで あんな事やこんな事をして、2人で道を踏み外s」
「そこまで重症なのか」
「……まぁそう言った所だろう」
表向きは成績優秀な姉だっただけに、何だか信じられない。
というより姉さん。末期症状ですそれ。
「まぁ起きたら姉の面倒を見てやってくれ。君も姉さんの事が好きなんだろう?」
「そんなわけが……」
その瞬間脳裏に、下着姿でこちらを見ながら誘惑してくる姉の姿が。
気が付くと自分の足元には赤い水たまりが出来ていた。
「せいぜい頑張りたまえ」
「あ、おい!」
ザリガニの化身は姿を消した……何だアイツ。
俺が起きた時、すぐ横に姉さんの姿があった。
「……!」
暗闇で姉さんに頭をがつんとぶつけてしまい、ひりひりする頭を抑える。
姉さんが起きた。
「ん……弟君か」
「姉さん、何故ここに?」
「いや、不思議な夢を見てな」
「夢?」
姉さんは俺を抱きしめていた。
ほんのりと顔は赤く染まっているらしく、腕が少し震えている。
「ザリガニの化身が」
「あーっ!」
姉さんはびくっと震えた。
俺はさっきの夢の事を話す。
「俺もザリガニの化身の夢を見たぞ」
「同じ夢か……運命だな」
「運命って……なぁ」
姉さんは俺をさらに強く抱きしめた。
脳裏に、ザリガニの化身の言葉を思い浮かべる。
〈俺の世話をしている時なんか、ずっとお前の事をぶつぶつつぶやいているんだ。ベッドの中に引きずり込んで あんな事やこんな事をして、2人で道を踏み外s〉
そして、俺の腕は姉さんの腰に回っていた。
姉さんは?マークを浮かべながら、俺のほうを向く。
「どうしたんだ? 弟よ」
「姉さんって……俺の事、好きか?」
「なっ……!」
姉さんは一気に顔を赤くし、そっぽを向いてしまった。
だが俺を抱きしめる腕がさらに強くなり、俺は姉さんの胸に押し付けられる。
「……好きに決まってるじゃないか弟よ」
「姉さん……」
照れる姉さんが可愛くて、俺は姉さんの頬にそっとキスをした。
ほてりきった姉さんは数センチ飛び上がり、俺の方を向く。
「ば、馬鹿……そういうのは好きな人にするものじゃ」
「俺も姉さんの事が好きだよ」
「弟……」
そして、俺は姉さんに顔を近づけた。
姉さんも、俺も、同時にうなずく。
「姉さん……」
「弟……」
そして俺と姉さんは唇同士をくっつけた。
そんないちゃいちゃしている2人を、水槽の中でザリガニは見ていた。
真っ赤でカッコイイ、両方のハサミをうぉーっと持ち上げながら。
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