恥ずかしい話ではあるが、自分はスナック好きである。
食べる方ではなく、施設として存在する方のスナックだ。
仕事で疲れた自分を癒そうと、今日も俺はとある店に入る。
「……」
「いらっしゃい……フフッ」
やけに艶かしい声出すじゃないか、と思った矢先、俺の足が止まった。
ろくに店の名前も見ていないからうかつだったが、今更遅い。
「ここに来るなんて珍しいわね。一杯やってく?」
「……」
この店のママさんは、俺の姉さんなのだ。
最近会ってなかったから忘れていたものの、スナックに勤めている。
流石に出るのも失礼なので、今日はここに決めた。
俺は席に座り、姉さんの方を見る。
「浮かない顔ね。私じゃダメだった?」
「別にいいよ。ジントニック頼む」
「分かったわ」
姉さんは髪の毛が昔から赤っぽくて、それが今でも続いているのだ。
腰まで伸びる髪は赤くて、白っぽいドレスによく映える。
いつしか、「赤毛のママさん」と愛称が付いたらしいが。
「はい。代金はそんなに取らないわ」
「高い所は行かないよ」
「ぼったくりしてみる?」
「勘弁」
5万円くらいしか持っていないから、一杯1万円とかをやられるとたまらん。
だが、姉さんはそういう事には否定的らしいからとりあえず安心。
「最近どうですか? 『赤毛のママさん』」
「姉さんでいいわよ。……お客さんとは上手くやっていけてるわ」
「俺とは大違いだな」
「営業と水だから違うわよ」
席料は1000円。だけど、いくらいてもいいのがここの特徴だ。
姉さんの笑顔を久しぶりにじっくりと見たい気持ちもある。しばらくここにいるか。
「商品買ってくれなくてな。どうしたらいいんだか」
「無理に勧める必要はないじゃない。いらない物はいくら言われてもいらないもの」
「……心に刺さるなそれ」
「フフフ」
俺は最近一人暮らしを始めたが、姉さんの様子はどうなんだろう。
「最近どうだ? 警察の厄介とかになってたりするかい?」
「冗談も上手いわね。せめて自衛隊とかにしなさい」
「そこまで規模でかくなるのか」
「……最近は一人暮らし始めて、この辺りに家はあるわ。今夜来る?」
姉さんは俺の方を見て、まるで逆ナンするかのように言った。
他のお客さんはいないかと店内を見るが、誰もいない。
「店空けて大丈夫なのか?」
「今日は早く閉める日なのよ。いくら私でも夜ずっとこれは疲れるわ」
「……だが席料があるしな。まぁ一時間はここにいるよ」
ジントニックがなくなった頃、ちょうど一時間が経とうとしていた。
店も閉店時間になり、着替えた姉さんと一緒に俺は繁華街へ出る。
姉さんはピンクのシャツに白い上着を着ていた。
下の方はホットパンツに黒タイツと、一定層に受けがいい感じだ。
「何か飲みたい酒はあるかしら?」
「ジントニックだけで十分。他はあまり好きじゃない」
俺がそう言うと、姉さんはくすくすと笑った。
不思議に思って姉さんの方を見ると、姉さんはこう言う。
「大人になったのね。子供の頃はあんなに無邪気だったのに」
「いろいろ社会で学んだんだよ」
「子供の頃に戻りたいわね……あの頃は、ずっと一緒だったわ」
姉さんの目は遠い所を眺めていた。
気がつくと、もう既に姉さんの家に着いている。
姉さんの家の中はとても綺麗だった。
棚からビンを取り出しながら、俺は持って来たお菓子をテーブルに置く。
「私の好きなもの、覚えててくれたのね」
「忘れるわけ無いだろ」
姉さんはポッキーを口にしながら楽しそうに笑った。
しかし、姉さんも見ない間に大分綺麗になったものだな。
「彼女出来たの?」
「いねぇよ」
「私も彼氏はいないのよね」
姉さんは俺の方を見ながら、ジントニックを口に運ぶ。
何だか姉さんが酔ってきたのか。少し口調がおかしいぞ。
「今日は泊まってく?」
「……遠慮しとくy」
「いいのよ? 別に私と一緒に寝たって」
まずい。姉さんの目が徐々におかしくなってきている。
これでは大変な事になってしまう。何としてでもそれは止めないと。
「寝るだけだぞ」
「フフ。そう言ってくれて嬉しいわ」
寝るだけならいいんだよな。寝るだけなら。
とは言ったものの、やはり自分の姉だった。
寝るだけだったはずなのに、何故か下着姿になっている。何故だ。何故。
「……」
「……ぁ」
姉の可愛い声が隣から聞こえてくる。
流石にこのままだと眠れないのか、俺は姉さんに背中を向けた。
すると今度は姉さんが背中に抱きついてくる。
「……」
「んっ……」
何だか余計に寝れなくなってしまった。
朝、俺が目を覚ますと姉さんは朝食を作っていた。
「おはよう」
「おはよう、姉さん」
今日は平日だから会社に出勤しなければいけない。
姉さんともっといたい気持ちがあるが、お預けだ。
「夜になったら、またあそこに来る?」
「考えとく」
「それとも、あなたの家に引越しちゃおうかしら?」
家に来るのか? ……嬉しいけれど、姉さんが前にいるから素直になれん。
意地悪そうに笑う目が、俺の頭の中でどんと居座ってしまう。はぁ。
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