E・H・カー(著)清水幾太郎(訳)「歴史とは何か」岩波新書 1962年

 「歴史とは何か」は、E・H・カーがケンブリッジ大学で1961年1月から3月にかけて行った連続講演を書物として出版したものです。

 E・H・カーはロシアの研究で名高いが、彼自身、鋭い批判力を持っており、その歴史哲学は今でもなお我々に深い感銘を与えてくれます。

 E・H・カーは、人間の歴史が進歩してゆくという史観や、英雄史観に対し、するどい批判を投げかけています。しかし、これは今の人々も陥る陥穽です。歴史教育の教科書の「進歩」「発展」「英雄」「○○事件」「○○年」という考え方のなんと多いことでしょう。また、そこで育つ学生の歴史観の歪みはひどいものがあります。

 E・H・カーは、歴史のあり方、社会のあり方を「歴史上の事実は ――(略)―― 社会の内における諸個人の相互作用に関する事実であり、また、諸個人の行為から、しばしば彼らみずからが意図していた結果とは食い違った、時には反対の結果さえ生み出すような社会諸力に関する事実なのです」と述べています。偉人・英雄はその中で現れる現象であり、多くの諸個人の生み出した作用といえるでしょう。彼ら個人が問題なのではなく、またその事件が問題なのではなく、それが相互作用の上で重要度を持つからこそ、歴史上の現象となるのです。

 E・H・カーは、歴史家と彼らが持ち出す事実<つまり、今の我々が目にする文献や書籍の事実>や、社会と個人の関係、歴史の因果関係など、さまざまな点で今でも有用な歴史哲学を持っています。歴史をこれから学ぼうとする学生にとって、この本は「自分がどういう哲学を持って歴史を見るのか」という示唆を与えてくれます。あとは、自分がどのような哲学、つまりは基本スタンスを持って研究をできるかです。それがなければ、物事は批判的に見れないし、研究は成り立ちません。

 歴史は複雑な諸要因の作用で成り立っており、進んでいます。そのため、現代を見るためには、過去を読み解く眼が必要です。それが、まさに歴史哲学です。それを学ばずに歴史研究はできません。

※E・H・カーはすでに亡くなられています。


書籍紹介一覧へ戻る

TOPへ戻る