【Gloom under the cherry blossom】 - 第一章 -
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Gloom under the cherry blossom

 

                  陽ノ下光一

 

 

 満開の桜よりも葉桜が良いと言ったのは誰だったろうか。高校の古典で教わった気がする。眼前の華美に惑わされず真実を見るということか? 

 しかし、やはりオレはそれでも美しく咲き乱れる桜が好きだ。散ってしまった桜の木に魅力などあるものか。

 

 

「ヤバッ! 携帯が無い……」

 オレは慌ててポケットを探るが、やはり無い。どこかで落としたのだ。

 慌てて周囲を見回す。満開の桜の木々の下で大勢の人間が騒ぎ立てている。いたる所にゴザやシーツが敷いてあり、そこを酒盛りの場としている連中が公園の各所を埋め尽くしている。コイツ等は酒を飲みに来たのか? 少しも桜に目を向けていない。

 不快さを感じたその時、風が吹いた。

 花吹雪が視界を埋める。

 綺麗だ。

 気付けば、先ほどの不快さが消えていた。

 桜のこの美しさはどう表現すればいいんだろうか?

 少なくともオレは作家先生ではないのでイイ表現は浮かばない。いや、誰にも表現しきれないんじゃないか? だから、ただ単純に『綺麗』の一言でいいだろうと思う。

「っと……桜に見惚れている場合じゃない」

 オレは再び携帯の捜索を始めた。といっても、同じような携帯は多くの人が持っているから、はたして見つかるかな。唯一つの手がかりは携帯の裏側にある友人たちと撮ったプリクラだが。

 ――― 一時間後 ―――  

 さすがに疲れた。この公園は一キロ四方もある大公園なのだ。桜の木だけでも千本にもなる。さすがにこれでは見付けようがないか。

 そうオレが諦めかけた時、視界の隅に一人の女性が入りこんだ。

 そこは、すこし周りより高く土が盛ってある場所で、桜の木が一本綺麗に咲き誇っている。ゴザなどを敷きづらい場所のため、そこだけがポッカリと穴が開いたようになっていた。

 そこから、どこか遠くを見つめているようだった。風に長い髪がなびいている。背も高く、目鼻立ちも整っている美人だ。

 オレは思わず見惚れてしまった。

 桜も美しくて表現できないが、この女性にもそれは当てはまる。

 綺麗? いや違う。そんな言葉では表せられない。

 オレがしばし見惚れていると、向こうもこちらの視線に気付いた。オレのことを見ている。

 しまった……変なヤツと思われたか?

 オレはバツの悪い思いをし、その場から立ち去ろうとした。

 「あーっ!」

 周りの人間が一斉にオレを見た。その女性の指差す先にいるのがオレだからだ。

 オレは恥ずかしさで顔を紅潮させた。なんで今日はこんなについてないんだと、内心悪態をつく。

 「やっぱりそうだ!」

 なんだ? オレは何に思われたんだ? まさかストーカーとか思われたのか?

 オレが内心で動揺しまくって動けないところに、その女性は寄ってきた。しかも、オレの顔を凝視している。 周りの花見客もオレを見ている。一体オレは周りの連中に何だと思われているんだ。

 そんなオレの動揺などかまわず、その女性はオレの顔を見ている。何なんだよ一体? オレがなにしたっていうんだ?

 オレの心臓はバースト寸前だった。

「あんた……」

 その女性は目を細め、腰に手を当て、覗き込むようにオレを見ながら言った。周りに余計誤解を生みそうだ。 「あんた……」

女性はバックから何かを取り出した。そして、

「これあなたの?」

 オレの目の前に突き出した。

 オレは、突然の事に自体を把握するのに数秒かかった。

「これ……あんたのじゃないの?」

 再度問う女性。

「あ、ああ。間違いなくオレの携帯です。ど、どうも」

 オレはしどろもどろになりながら礼を言って携帯を受け取った。周りの連中はつまらなそうに、再び宴席の騒がしさの中へ戻っていく。

「ん? どういたしまして」

 女性は微笑。オレは鼓動が早くなるのを感じた。

「裏にあったシールみてさあ、誰の落とし物かなあって思って、取り敢えずそこから周り見てたら、偶然あなたの視線に気付いたもんだからさ」

 初対面なのにもかかわらず、結構気さくに話す人だなとオレは思った。

「わざわざどうも。でも、公園の管理局にでも届ければ良かったんじゃ」

 オレは礼を言いつつも、ついそんなことを聞いてしまう。彼女は一瞬、目を丸くしてキョトンとしていた。が、次の瞬間に笑いながら、

「あ、ああ、そうだった。それは気付かなかったわ。ふふっ、バカねえ私」

 オレもつられて笑っていた。

「ひっどーい! なにもあなたまで笑わなくてもいいでしょう!」

彼女は頬を膨らませて抗議するが、目は怒っていない。

「ま、いいわ。お礼に何かおごってもらおうかな」 

彼女は一息置いてさらに続けた。

「なんか初対面って気がしないのよね」

 そう言われると、オレもそんな気がした。初対面なのに不思議と気が合う……ように思えた。

 これが、皆瀬櫻とオレの出会いだった。

 

 

「じゃあ、これからしばらくは研修ということになるから。時間は夜の七時から十時」

「わかりました。じゃあ、明日からよろしくお願いします」

 オレは一礼すると、荷物を持って部屋を後にした。大学生活は何かと金もかかるわけで、取り敢えずアパートの近くのコンビニでバイトをすることにした。

 で、採用されてめでたしめでたしっと。

 ふと手元の時計に目をやると ――― 夜の八時。

 ついでだからと、オレはコンビニで弁当を買っていくことにした。こう言うのもなんだが、オレは料理が得意ではない。

「……海苔弁と唐揚げ……緑茶のボトル……ま、これでいいか」

 オレは商品を持ってレジへ、二つあるうちの一つのレジは別の客が精算しているところだった。それに気付いたもう一人の店員が、空いてるほうのレジに入ってきた。

「お客様、こちらのレジへどうぞ」

 店員はそう言って営業スマイルを浮かべている。オレはそちらのレジに商品を置いて、財布を出し、そしてふと正面に視線を向ける。視界に入るのは商品のバーコードを機械に読み取らせている女性店員。

「あれ?」

 ……どこかで見たような。

「八百四十円のお買い上げになります」

 店員はそう言って、オレの方に視線を向ける。その視線が合った。

「……」

「……」

「あれ? 以前会ってませんか?」

 オレは何を思ったか、間の抜けた質問をしてしまった。

 コンビニの店員相手に何やってるんだと思い、言ってから後悔した。

「あ、あの時のキミ?」

 質問に、店員は問い掛けで返した。

 しかし、そのことで目の前の人物が誰か分かった。

「あ、あの花見の時の」

「やっぱり。久しぶり! 覚えてる? 皆瀬櫻よ」    

 オレは答える代わりにうなずいた。

「オレの……」

 名前は覚えてる? と言おうとしたところで、彼女にそこから先を遮られた。

「覚えてるって。えーと……緒方尚也君だよね」

「当たり」

 櫻さんは胸を張って誇らしげに、

「さすが私の記憶力。あれから一ヵ月も経ってるのに……すばらしいわ」

 櫻さんは自画自賛。自分に酔いしれている。

「あ、それでオレ、ここで明日からバイトすることになったんです」

「ええっ……ウソー!」

 櫻さんはかなり大げさに驚いてみせた。

「じゃあ、私がセ・ン・パ・イってわけね!」

「ま、まあ、そうですね」

 オレは櫻さんの異様な気配に少々引いた。

 櫻さんは少々艶っぽい声で、

「ふふ、色々教えてア・ゲ・ル」

 そう言って投げキスをした。オレがどういうリアクションをとればいいか迷っている時、横合いから助けの手? が差し出された。

「皆瀬さん。お客様をお待たせしないように。あと私語も注意」

 櫻さんは、「は〜い」としぶしぶながら頷きつつ、オレの方に片目をつぶりながら舌を出してみせた。

 どこも反省してないな。

 

 

 コンビニでの研修が終了したのは、五月に入ろうかという頃だった。

「……」

 やっぱり大学生活を満喫するにはサークルに入るべきだろう。そういう結論に至ったオレは、取り敢えず、どのサークルに入るかを検討し始めた。

 どんなサークルに入るかで、ライフスタイルが大きく変わってくるかと思うと、少しは慎重になるというものだ。

 新入生用のサークルの紹介冊子を片手に、とりあえずサークルを見て回っていた。

 体育会系、音楽系、企画系、ボランティア系、レジャー系……数が多すぎ。

 高校までは水泳をやっていたから……とも考えたが、大学ではもっと違うことをやりたいと考え直した。

 サークルについては、バイトの先輩である櫻さんにも相談していた。彼女、大学の先輩だったのだ。先日の話では、

『まあ、やりたいものをやればいいけどね。高校までとは違うことをやるのもいいと思うよ』『というと?』『文化系だった人は体育会系。体育会系なら……みたいに逆のこと』『櫻さんは?』『私? なに? 私と大学生活も一緒したいの? ふーん』

 そう言われて顔が熱くなるのを感じてしまう辺り、肯定している気がしたが。

『私は、文化系よ。一緒したいなら、それなりに努力してもらわないとね。ウチの大学、文化系多いから』

 うーん、やはり文化系か? とオレは考えた。

 しかし、多すぎる。櫻さんの言うとおりだ。どこにいるかわからない人を探すのは困難だ。

 SF、美術、書道、法律研……やはり色々ある。

 同好会とか含めて二百以上。サークル棟の中にあるだけでも百を越す。色々どころじゃないし。

 って、オレ。櫻さん探してるのか、サークル探してるのか。目的が不鮮明になってる気がする。

 ま、いいか。櫻さんに会えたほうが嬉しいし。

 美人だし、優しいし、……がさつだけど。でも一緒にいられると楽しいし。

 なに考えてるんだろ、オレ。とりあえず、サークルを探そう。

「まずはここから」

 オレが開けた部屋の表札には「文芸部」と書かれていた。

 オレが入ってきたのを中にいた部員が気付いた。二十人は入れそうな部屋だが、いたのは五人だけ。それでも、立ち並ぶ本棚や机、冷蔵庫等が各所を埋め尽くし、やや手狭に感じる。

「見学の方ですか?」

 中の一人が声を掛けてくる。

「はい」

 オレが頷くと、その声を掛けてきた部員が、後の長机に置いてある冊子を二、三冊取ってオレに渡そうとした。

「なに? 見学の人」

 奥から女性の声が聞こえた。もう一人いたらしい。本棚の後にいるらしく、オレからは見えない。

 ちょっとまてよ……。

「ん、ああ」

 部員はその声の方にわずかに顔を向けて応えた。

「どれどれ……こんにちわ! って、あら?」

「あれ?」

 本棚の裏からひょこっと顔を出した彼女は少々驚いた風に、オレは完全に間の抜けた感じに声を漏らした。

 まさかいきなり見つけられると思わず、拍子抜けしてあっけにとられるオレ。彼女はそんなオレに人差し指を突き出し、まるで銃を向けるような仕草をとると、

「バキューン、ビンゴ。大当たり! ってやつ」

 周りの部員が怪訝そうにしている。

 その視線に気付いてか、彼女 ――― 皆瀬櫻は笑みを浮かべ、

「バイトの知り合いなのよ、彼」

 部員の間に驚きと歓喜の空気が広がった。

 勧誘には好都合と思われた。多分そんなところだろうとオレは考えた。

 オレは思わず天井に視線を上げた。

 決まりだな。

「ま、改めて……文芸部部長の皆瀬櫻です」


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