【巡り会う運命】 - 第一章 -
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巡り会う運命

陽ノ下光一



『その城は臣民を睥睨していたのだ。その空に浮かぶ姿は圧巻などという言葉では表現し得ない。全ての臣民は支配され続けるかに見えた。しかし、永遠に続く国家など有史以来存在しない。古来全ての道はエルトリア帝国に続くと言われたが、かの帝国も滅びた。獅子心王リチャードの飛翔帝国ブリタニアも、彼の率いる翼竜飛行魔術部隊が、全大陸連合軍の魔術部隊を総動員した大陸障壁に阻まれて孤立し、当時としては画期的だった制空権の概念を喪失するとともに崩壊した。全大陸連合は強敵の崩壊とともに分裂し現在に至るが、その中でも大国であった要塞帝国パリス(現フランス共和連邦)の崩壊は、近代市民社会の幕開けであった。それが政争と臣民の不満、それを有機的に結び付けた抵抗組織に要因があるというのは現在の通説であり、私もそれに賛同する者である。全てを象徴するのは、浮遊要塞の最期である』

S・F・Iwaki『History of Continental States』

 

 

「粛清だ! 粛清せよ」

真紅と金色に光る衣服に身を包んだ貴族が兵士を従えて、城内を血走った目で駆け回っている。自身の行動に心酔しきっている感すらある。

兵士が開け放った扉の先には、東洋産の絹織物を、高級なソルフェリーノ産染料で染め上げた服に身を包んだ老紳士がいた。本来ならば彼らに敬われるべき立場の人間である。

「騎士であろうに守るべき礼も知らんと見えるな」

 老紳士は毅然として言い放ったが、しかし彼らの心を一センチ動かすことすら叶わなかった。

 隊長らしき男が手を振り下ろすと、短銃が斉射され老紳士の身体に無数の穴を穿った。突然その身体が業火に包まれたかと思うと、後には灰しか残らなかった。

 魔術弾である。予め銃弾の中に魔力を持つ鉱石を埋め込むことにより、様々な効果を持つ銃弾が作れるのである。

 この時代は、遺体は土葬して敬うのが常識であり、燃してしまうことは最大の不敬とされていた。

 しかし、このような事が城の各所で行われていた。阿鼻叫喚の地獄絵図は二日二晩に渡って続いたのである。

 

 

『同志よ、どうやら機会が巡ってきたようだ。しかし、しばらくは自重すべきだ。若いやつらは血気盛んでいかんなあ』

  J・ポールの手紙『我が同志へ』

 

 

 いつの世にも貧富の差は存在する。絶対専制君主国家ではなおさらであった。王侯貴族と聖職者が、疲れきった老農夫に背負われているカリカチュア。『野蛮な喧騒』と貴族たちが最近呼ぶようになった地上の街は、単に『パンをよこせ!』と叫んでいるだけではなかったのだ。

 それでも、天上要塞に出向可能な上級ブルジョアは、貴族たちとともに国民から搾取する側に立てただけよかった。中、下級ブルジョアはそのような恩恵に与れず、『自由競争を!』と唱えていた。

 しかし、彼らは利潤の追求に走れるだけよかったのだ。彼らは全国民の十分の二にも満たない。大半を占める農民、労働者は、その日の暮しにも困る有様であった。

 首都パリスは、六百年前に大陸障壁を張った際の地殻変動でできたフォンテンブロー山脈が南方に広がり、北方にはクレルモン山脈が広がる。そして、パリスの街はパリス盆地に広がっている。その盆地もセーヌ川とマルヌ川に挟まれており天然の要害となっている。

 そして、専制君主の牙城である天空要塞は、フォンテンブロー山脈の一角にあるヴェルサイユ上空に浮かび、パリスの街を睥睨していた。

 パリスの街は、ヴェルサイユに近い側から上級、中級、下級ブルジョア、そして貧民街で構成されていた。貧民街は狭い範囲に人口が集中し、住みにくさでは欧州一であった。

 その貧民街の一角に、広くスペースを取る傭兵ギルドがあった。かつては軍隊の中核を占めた傭兵も、今では貴族やブルジョアの用心棒。または街の警備隊として雇われる程度になっていた。

 しかし、欧州全土を繋ぐ傭兵ネットワーク網は、スラブ人から東洋人まで様々な人材の交流を可能にしていた。ギルドはかつての軍隊の徴募活動から、情報戦略の拠点としての位置づけに変化しつつあった。

 そんなパリスの傭兵ギルドに所属している者でもリーダー格の男がいる。その名をフレイズ・アレックスという。周囲が金髪、白肌の中、黒髪と、褐色の肌が目立つ男だ。

「アレックス。また寝坊かよ? 今日は重要な話があるってあれほど言ったじゃないか」

 ギルドへの依頼状況を知らせ、傭兵を派遣しているパリスギルド支部。その長である女は、朝から金切り声を上げていた。

「うっせえなあ。朝っぱらからキーキーと」

「何だって!」

 また始まったよと言わんばかりに、その場に居合わせた五十人程の傭兵たちは呆れ顔になった。

「話があんだろ。早く済ませろ。早起きさせられてだるいんだからよ」

 女はその後も金切り声を上げ続けたが、さすがに大人気ないと思ったのか、話を始めた。

「天空要塞の貴族たちからの依頼よ」

「あー、いいや。じゃな」

 アレックスは聞くのも馬鹿馬鹿しいといった感じで、入口へ足を向けた。

「ちょっと、まだ話してないだろ」

「どうせ、下界へ降りた貴族の残党狩りを手伝えって言うんだろ」

 女は言葉を詰まらせた。事の次第はこうである。

 先日の王の死により、跡目争いが起こった。結果、第一王子側の貴族が、第二王子側に付いていた貴族たちを奇襲し、壊滅させたのだ。

 しかし、一部の下級貴族の子息など、警戒が甘くなっていた者たちが脱出に成功していた。彼らは市街に潜伏している可能性が高く、市街戦に強く、広範な情報網を持つ傭兵にネズミ狩りの仕事が回ってきたのである。

「大体、逃亡者リストがなきゃ捕まえる相手もわかんないだろうが」

「わかんねえのか、乗り気がしねえって言ってんだよ。ババア」

 ババアと言われた女は、まだどう見ても二十代後半である。傭兵世界にいるにしては色白で、整った眉目。街を歩けばすぐに男が言い寄ってきそうな容姿も備えている。

「ババアだと。誰に口聞いてっか分かってんのかコラ」

「うっせえなあ」

「なーにがうっせえだ。アンタの実力なら楽に大金稼げるまたとない好機だ、これは」

 アレックスは、王宮近衛兵士百人と魔術師百人に相当するとまで言われた傭兵である。ただ、王侯貴族を毛嫌いしていている節がある。

「そうだけどよ」

 渋るアレックスに、女はカウンターの上に積んである紙を数枚取って押し付けた。

「お、おい」

「いいから持っときな。どう使うかはアンタに任せるけど、どうせなら奴等からたっぷりむしり取って、このサビーネ様を楽させとくれ」

「へいへい」

 アレックスが欠伸を噛み締めながらギルドを出ると、他の傭兵たちもリストを受け取って思い思いに散っていった。

 

 

『第一王子フィリップ、ブルボン王朝第五代国王に即位す。王名はルイ十六世』

一七八九年五月五日付のパリス王立アカデミー新聞

『ルイ十六世、即位当日に貴族、聖職者、市民よりなる三部会召集。逃亡貴族の徹底した討滅を指示す。これによりパリス盆地が封鎖される可能性あり』

 同日の立憲派新聞『プチブル』の夕刊

 

 

『ポール氏に手紙を送るのはこれで何通目だろうな。ま、そんなことはどうでもいいさ。先日の氏の手紙にある通り、しばらくは行動を控えるべきだ。もう一つ決定的な決め手を持つまではな。現有の武器を有効に使える決め手を。

                         追伸 私も若い。若い者は血気盛んだと私に愚痴をこぼすな』

若者Mの手紙『不良中年のポールへ』

 

 

 アレックスは暗くなった夜道、自分の住むアパートに向かっていた。

 貴族狩り以外にも仕事はある。国民が怨嗟の声を発している世の中だ。『税を安くしろ』『食べる物もないんだ』その声に『喧騒』以外のものを感じ取れない天上要塞の貴族と違って、上級ブルジョアは距離が近い分『喧騒』を恐れていた。

 護衛の仕事などいくらでもある。ましてやアレックスのような優秀な傭兵はいるだけでも雇い主に安心を提供できるのであった。

 アレックスは貴族狩りに気乗りがせず日常の業務を増やしていただけだが、それでも渡されたリストの顔はなるべく記憶していた。全部で千人を超す『逆賊』を記憶しきれるはずがないからである。

 渡された紙には五十人程度の代表的な者の似顔絵しか描かれておらず。それ以外は名前しか記載されていない。貴族が一般市民の住む町に潜伏していれば、すぐにボロが出るだろうから、それで十分なのだ。

「子供がいるんです。食べ物を……食べ物を下さい」

 アレックスが道端に目をやると、労働者たちが横になっていた。中には乞食まがいの事をしている者もいる。治安を守るため、夜十一時以降は外出禁止令が出されているのだが、住む家の無い人々はそんな令など受け入れようが無かった。

「おい、もう十一時はとっくに回っているぞ。早く家に帰れ」

 アレックスは労働者に対して言ったわけではない。それは無意味であると分かっているからだ。

「いえ……その」

 声は女のものであった。ランプを向けて照らすと、年の頃は二十程度だろうか。シルクのドレスを着ていた。東洋産なのか見事な純白。しかし高価だろうそのドレスは、あちこちが裂けており、土にまみれている箇所さえあった。

 アレックスはその格好と態度から、近隣の村から身売りされてきた娘かと考えた。よく売り物にされた娘が耐え切れずに逃げ出すことを知っていたからだ。

「追われてんのか?」

 女はコクリと頷いた。

「ならついてこいよ」

 アレックスがそう言うと、女は視線を逸らして困惑した表情を浮かべていた。

「夜警に見つかったら連行されるぞ。ただでさえ見回りが厳しくなってるからな」

 女はまだ迷う仕草を見せたが、結局アレックスの後について来た。

 アレックスのアパートはその路地沿いにあった。台所に風呂場、リビングと二つの部屋がある。この当時の平均的なアパートが台所と寝室しかなかったことを考えると、かなり広い。

「アンタはそっちの部屋を使ってくれ」

アレックスは胸鎧を外しながら、顎をしゃくって奥の部屋を指す。

「そこ空き部屋だから。寝具は引き戸の中にある」

 女は無言で頷いて、奥の部屋へと入っていった。

「さて、どうしたものかな」

アレックスは今夜ここで匿うにしても、その後のことは考えていない。

「サビーネにでも頼むか」

第一、男と住むより、女は女の家に匿ってもらった方がいいだろうと考えた。

「そういや名前を聞いてなかったな。なんていうんだ?」

 アレックスは服を着替えながら、奥の部屋にの女に尋ねた。しかし女は無言である。

 信用されているわけでもねえだろうし、仕方ないか。

 アレックスは気を取り直すと、

「オレの名前はアレックス。フレイズ・アレックスだ」

「え?」

 女は声に驚きの色を隠さずに、ひょっこり部屋から顔を出した。しかし、そこでアレックスの姿を見て、

「キャアァァァ!」

 悲鳴を上げると再び部屋の中に引っ込んでしまった。

「男の上半身見ただけで悲鳴上げるって」

 アレックスは半ば呆れながら服を着た。

「まあ、それだから逃げてきたのか」

 小声で独りごちる。

「おい、もう着替えたから出てこいよ」

 そう言うと女は警戒してか、ゆっくりと顔を出した。アレックスが服を着ているのを認めて、安心したらしく、部屋から出てきた。

「アンタの名前は?」

 アレックスは改めて聞いた。今度はあっさり答えた。

「スミア・テレーズです」

 スミア……どこかで聞いたような。 

 アレックスは何か引っかかるものを感じたが、それが何かが出てこなかった。

「珍しい名前ですね」

 テレーズは警戒をほとんど解いていた。その顔に微笑すら浮かべている。色白で線の細い女性だ。サビーネ同様美人だが、男世界で生きてきた彼女と違い、雰囲気にしおらしさが漂っている。

「まあそうだろうな。この国にはあまりいねえだろうよ。オレは傭兵だから、この国の出身じゃないし」

「じゃあ、どこの出身でいらっしゃるんですか?」

アレックスはその問いにうなった。

「親父も傭兵だったからな。どこの出身なんだか。どこか南方の出身だって聞いたことはあるけどな」

「お父様がですか?」

アレックスはかぶりを振った。

「先祖がだ」

テレーズはその言葉にこう続けた。

「実は私の遠い祖先も南方の出身なんです」

「へえ」

 テレーズは嬉しそうにそう言うが、アレックスとしては特に感じるものが無かった。

 パリスを構成する民族は、遠い昔にエルトリア帝国が崩壊した際に流れ込んできた亡命貴族と農奴たち、そして東方より移住してきたゲルマン系の民族から成り立っている。テレーズの祖先はゲルマン系ではないということかもしれない。

 だが、どちらの出身だったとしても、混血が進んでおり、外見上の見分けなどつかなくなっている。

「その服じゃちょっとマズイな。外に出るような服じゃない」

 土にまみれ、あちこち裂けているドレスでは人目に付き易い。これでは、パリスの町から逃がしづらい。

「オレじゃ女の服とかわかんねえから、明日知り合いに見てもらうか」

「知り合いですか?」

 テレーズはその表情に不安の色を隠さない。もし警察に通報されたらと考えると気が気では無い。アレックスもそれ位は察している。

「大丈夫だって。そいつは信用できる。密告とかそういうの嫌いなヤツだし」

「そ、そうですか」

 それでもさすがに警戒の色は消えなかった。

 オレが名乗った時はすぐに解いたのにな。

 アレックスは思いながら、言葉にせず、

「会えばわかるよ」

 

 

「へーえ、アンタが女を囲うとはねえ」

 次の日、アレックスはギルドを訪れてサビーネに事の次第を話した。サビーネはつまらなそうに頬杖をついている。

「追われてるみたいだから、かくまってやっただけだ」

「ふーん」

 サビーネはジト目でアレックスを見やった。

「頼むよ」

 アレックスが手を合わせると、サビーネは大きく溜め息を吐いて立ち上がった。

「わかったよ。……アンタみたいな野獣のとこに、そんなかよわい娘がいるのをほっとくわけにもいかないし」

「まだ手は出してねえってば」

 サビーネはアレックスを睨みつけると、その脇を通り抜けて外へ向かった。アレックスは慌ててその後を追った。

 サビーネはしばらく黙っていたが、アレックスのアパートの近くまで来て、思い出したように口を開いた。

「アンタさ、金があるんならその娘を店から買い上げたらいいんじゃないの?」

 アレックスはそれだと言わんばかりに手を叩いた。

「あ、そっか。そうすりゃいいんだ」

「でも、自分を売った両親の下に帰りたがるかしらね」

「テレーズ次第だな」

「へえ……呼び捨て。随分親しいことね」

「変な言い方するな。今日のお前、なんか変だぞ」

 アレックスがそう言うと、サビーネはそっぽを向いて、また黙ってしまった。アレックスは声をかけられず、気まずい沈黙のままアパートへ向かった。

「おい、戻ったぞ」

 アレックスが自室に入ると、テレーズが奥の部屋から不安げな表情で顔を出した。

「へえ」

 サビーネが思わず感嘆の声を漏らすくらいに、テレーズは魅力的な容姿を持っていた。髪は肩口で切り揃えてあり、流れるようにサラサラしている。肌は透き通るような白皙。化粧もしていないそれは生まれつきのものであった。

「こいつが、昨日話した知り合い」

「サビーネ様でしたっけ?」

「サビーネでいいわよ。アンタに合う服を買ってきてくれって、このバカに頼まれたんだけど……ってお前は部屋からちょっと出てろ!」

 そうどやしつけながら殴りつけてきたサビーネの拳を避わしつつ、アレックスは抗議の声を上げた。

「なんで家主のオレが出てかなきゃなんねえんだよ」

「ドアホ! テレーズのサイズを測るからよ。サイズがわかんなきゃ服が選べないでしょ」

「一緒に行けばいいじゃ」

「追われているのに外に出れるわけないでしょ」

 アレックスの言葉を遮ったサビーネは、完全に呆れ果てていた。

「じゃあ奥の部屋でサイズ測ればいいじゃねえか」

「そう言って覗くつもりでしょ」

 サビーネに指摘されてアレックスは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「だ、誰が覗くか!」

「動揺してるあたりが信用できないね。早く出てけ!」

 サビーネに背中を押されてアレックスはしぶしぶ部屋から出て行った。ふと振り返ると、サビーネの後ろでテレーズが笑っているのが見えたが、次の瞬間にはドアを閉められてしまった。

 

 

 アレックスが自室へ戻ってきたのは夕方頃であった。

「帰ってきたなバカ男」

 アレックスの姿を認めるとサビーネは笑いながら言った。今までテレーズと談笑していたらしい。テレーズは少なくとも表面上は、サビーネに対して警戒心を抱いていないようだ。

「追い出してしまって、すみません」

 テレーズがそう言って椅子から立ち上がった。その姿にアレックスは思わず見とれてしまった。

 白のシャツに赤の上着とスカート、アクセントに青のリボンをネクタイ代わりにしている。

「似合うだろ。私が選んだんだし、なによりテレーズが美人だからね」

 アレックスはサビーネを見ずに頷いた。完全に呆けている。

「ちなみに全部アンタのツケにしといたからね」

 そう言ってサビーネは数枚の紙切れを渡した。アレックスは何気なくそれを見たが、数瞬後頬を引きつらせた。

「な、な、なんだこの金額」

 サビーネはそんなアレックスを見て満足したような笑みを浮かべた。

「染料は高級品だからね。それに物がいいから値が張るのよ」

「あ、あの、私そんな高いものを」

 テレーズがすまなそうにアレックスの方を見た。アレックスは口をパクパクさせていたが、テレーズの表情を見て何も言えなくなってしまった。

「大丈夫よ。このバカ男、アンタの格好見て喜んでるわよ」

「そうですか?」

 アレックスは頷くことしかできなかった。

 

 

『ポール氏へいい連絡がある。先日言っていた切り札だが、なんとかなるかもしれない。その件について調べている。分かり次第結果を知らせる。あと、今日市内を回っていたら、不穏な空気を感じた。組織全体の把握はできているんだろうな』

若者Mの手紙『不良中年のポールへ』

 

 

『ジャック・ファイエット氏惨殺さる。

 パリス市内、サン・ジェルマン教会でのミサの帰り、特権商人ファイエット氏が何者かに襲われた。通報により憲兵が駆けつけたがすでに惨殺されていた。ファイエット氏は浮遊要塞への出入りを許可されている商人であり、新政権との繋がりも深く、現在逃亡中の逆賊の探索に熱心であったことから、狙われたのではないかと捜査当局では見ている。この二日、新政権派の商人や要人の襲撃事件、放火事件が相次いでいるため、国家警察局は捜査人員を増強するとの声明を出した』

五月七日付のパリス王立アカデミー新聞

 

 

「ここまでに捕まえた貴族は七十五人か」

「といっても、それはウチの傭兵が捕らえた分だから、実際にはもっと……」

 言ってサビーネは何枚かの紙を見せた。

「憲兵や秘密警察も動いているしね。捕らえたヤツは片っ端から処刑されてるみたいだけど」

 アレックスが見た資料には、処刑された『逆賊』の名前と罪状が並べられていた。罪状『国家反逆罪』『危険思想罪』。

「二百人以上いるのか。まだ捜索始まって三日だろ」

「それだけ力を入れているんでしょ」

「逃亡貴族がテロ活動に走っているとも聞くけどよ」

「ああ、ファイエット暗殺事件ね」

 アレックスは首を傾げて見せた。

「何か気になることでも?」

「貴族のボンボンどもさ、自分が逃げるのも手一杯なのに、暗殺とかのテロになんか走れるのかな」

「そうね。考えたら変よね」

 サビーネは腕組みし、考えるそぶりを見せた。

「ところで話変わるけどよ。テレーズ、お前の所で預かってくれないか」

「何で?」

 アレックスは苦笑して、照れ隠しに頬をかきながら、

「いや、昨日のテレーズの姿見てからさ……なんつーか意識しちまって。眠れねえんだよ」

「へえ」

 サビーネはアレックスから視線を逸らした。明らかに不機嫌そうだ。

「頼むよ。やっぱり女同士の方がいいだろうしさ」

 そう頼むと、サビーネは大きく息を吐き出した。

「仕方ないね。いいわ、私が預かる。アンタのとこに置いといたら何があるかわかんないしね」

「助かるよ。オレも手を出さない自信が無くなってきててさ」

 アレックスは安堵の表情を浮かべて感謝した。

「でさ、彼女がいた娼館はわかったの?」

「それが教えてくれねえんだよ。よっぽど嫌な思いでもしたんだろうよ」

「なるほどね」

 サビーネは腕組みをして深刻そうな面持ちで頷いた。


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