【巡り会う運命】 - 第二章 -
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『わが同志よ。お前の言う通り、血気盛んな若者というのは把握しきれないものだな。しかし、正体を周囲に悟られることなく行動して、かつパリス市内部の千五百人に及ぶレジスタンスの把握に勤めているオレの身にもなってくれ。取り敢えず、彼らに行動を自重するようには再度忠告しておくがな』

J・ポールの手紙『我が同志へ』

 

 

「ねえ、テレーズは英雄譚に興味ある?」

 サビーネはテレーズを部屋に案内するなりそう尋ねた。人目に付かないようにと、陽が落ちてからアレックスが連れてきたのだ。サビーネの家は傭兵ギルドの三階部分にあり、アレックスのアパートよりも広い。

「英雄譚ですか?」

 テレーズはやや間をおいて答えた。

「特に読んだこともありませんが、祖父やお父様がお好きで、よく話して下さいました。サビーネ様は」

 そこで、サビーネの手がテレーズの口先を遮った。

「様じゃなくて、呼び捨てでいいって。それで呼びにくければ、さん付けでいいから」

「あ、そうでしたね。それで、サビーネさんは英雄譚に興味があるんですか?」

 サビーネはその問いかけに嬉しそうに頷いた。

「小さい頃からその手の話に目がなくてね。今でも本を探しては読んでる」

「いつ頃のを読まれているんですか?」

「そうね、大体は読んでいるけど。最近は古代ものかな」

「古代ですか」

 テレーズの瞳に少し熱が宿ったようにサビーネは感じた。

「特にエルトリア帝国の英雄譚ね」

「本当ですか?」

 サビーネはテレーズが身を乗り出して尋ねてきたので少々驚かされた。これほどの反応があるとは思わなかったのだ。

「う、うん。やっぱり一番豊富だしね。見てて飽きないからさ」

「私がよく聞かされた英雄譚もエルトリア帝国のものなんですよ」

「へえ。じゃあさ、ウィンディの悲劇は聞いたことある?」

 テレーズは首肯した。

 スミア・ウィンディ将軍は、エルトリア帝国近衛兵団の片翼である装甲魔術兵団総長として活躍した名将である。そして美しく聡明な女将軍として有名で、ギリシアやイタリアでは小説家が好んで書く英雄の一人である。

 しかし、二十三才という若さで戦死している。

 この遠征の際の、近衛兵団のもう片翼である、長槍騎兵団総長フレイズ・イワキ将軍とのロマンスは、悲劇オペラが流行した時期には特に好まれ、ブリタニアのイギリス帝国女王エリザベスがオペラを見た後に、彼らのために記念碑を作ったことでも有名である。

「そういえば、テレーズの姓もスミアよね」

「そうですね。偶然でもあの名将と同じ姓というのは悪い気がしませんね」

「それに、美しいっていうのも共通ね」

 サビーネがそう指摘すると、テレーズは頬を手で覆って赤くなってしまった。

「アレックスさんも姓がフレイズですよ」

「有能な将軍と共通するのが力しかないバカだけどね」

 サビーネが肩をすくめると、テレーズはその仕草がおかしかったのか笑い出した。そこにサビーネの笑い声も加わった。

 

 

『マインツ氏へ。貴殿が依頼された調査内容の中間報告を送る。彼らの祖先は貴殿の予想通りの人物と考えられる。取り敢えず今のところはそれしか言えない。もっと綿密な調査を行うが、正式な結果報告は一ヶ月以内にそちらへ届けられると思う』

イタリア支部長の手紙『パリス支部長へ』

 

 

「何だ?」

 市内を巡回中のアレックスの耳をつんざくような音が聞こえてきた。周りは狭い路地にアパートが立ち並んでいるため、遠くまで見渡せない。見れば何事かと住人たちが窓から顔を出している。

「とりあえず行ってみるか」

 アレックスは狭い路地を、音のした方へ向かった。走り出した直後、雷鳴が轟いた。空はよく晴れている。誰かが雷撃系の魔法を使ったのだ。

「どこのバカだ。こんな街中で」

 アレックスは舌打ちし、悪態をついた。雷撃系の魔法は周囲にも影響を及ぼすため、一般に広範囲魔法と呼ばれる。このように狭い路地に建物が集中している場所で使用すると、攻撃の対象外にも損害を与える。当然市中で使えば民間人に被害者がでる。

「う、これは……」

アレックスが現場に駆けつけると、黒く炭化して判別不能な死体が五体あった。その後ろには粉々になった馬車の残骸がある。

 きっと浮遊要塞からの逃亡者の仕業だ。そんな声がアレックスの耳に入ってきた。しかし、アレックスは逃亡貴族が、白昼堂々これほどの騒ぎを引き起こすはずがないと考えていた。闇討ちならともかく、このようなリスクの高い昼間のテロ活動を行う意義が、彼らにあるとは思えないからだ。

「何しやがる」

「うるさい。どけ! 邪魔だ。どかんか貴様ら!」

 そう言って、集まっていた野次馬たちを押しのけながら現場へ来たのは、警察ではなく憲兵であった。

 殺られたのは特権商人だな。

 アレックスは心中呟いた。憲兵が出てくるのは、彼らが仕える要人たちか、利益をもたらす人間に事件が絡んでいる時だけだからだ。

 アレックスは、人垣の方に目をやった。すると、口の端を満足気に歪めて立ち去る男が映った。周りの人間は被害者の方に気を取られているらしく、その男に気づいていない。

 アレックスは何気ない動作で人の輪から抜けて、気づかれないようにその男を尾行した。

 アレックスは剣技、体術だけでなく、魔術にも才能を持つ人間である。微かだが、その立ち去った男に魔術使い特有の気配があった。これは、魔術を使える人間でも、特に魔術に造詣の深い人間が感じ取れるもので、普通はわかるものではない。例えて言うなら、剣豪が殺気を感じ取れるのに理屈がないのと同じことである。

 男は食料品店で小麦粉や卵などを買い込み、店主と雑談をした後、そのまま家に戻った。

 アレックスが家の中を覗くと、まだ三十路前の妻らしき人物と、四、五才の女の子が笑顔で男の帰りを迎えていた。男の笑う姿は、先刻の不気味な笑みと同一視できなかった。しかし、アレックスはこの男が犯人であると確信している。物証は無いが、魔術の気配と、なによりあの満足感に浸った顔がそれを裏付けさせる。

 殺し慣れているな。アレックスの傭兵としての経験が判断した。そうでなければ魔術とはいえ、白昼堂々と暗殺ができるわけがないし、家族の前で何事もなかったかのように笑顔を見せられるわけもない。

 アレックスは、最近のテロ事件の何件かはこの男が関わっているのかもしれないと推測した。貴族がやったと周囲では考えられているが、アレックスはそうは考えていない。ならば、この男の行動をしばらく観察すれば、なにか一連の事件の手がかりがつかめるかもしれない。そう考え、明日からこの男の監視と周辺の捜索にかかることにした。

 

 

『ジョセフ・ガリエニ氏暗殺さる。

 先日、また特権商人の暗殺事件が起こった。殺されたのは、宮廷御用達商人ガリエニ氏とその妻子五人。白昼の出来事であるが、目撃者がいないという奇妙な事件であり、捜査は困難を極めている。周囲で聞こえたという音や、現場の状況から、土属性の魔術で路面ごと馬車を吹き飛ばされた直後、馬車から出てきた一家を雷撃系の魔術が襲った模様。王はこのような逆賊によるテロ事件の多発に心を痛められ、逆賊に現在懸けられている賞金を倍額にすると仰せられた』

五月三十一日付のパリス王立アカデミー新聞

 

 

『我が同志よ。本日よりパリスの地下水路を利用し、クレルモン山脈に例の準備を開始した。パリスの地下水路は知らない者が入り込んだら永遠に迷うとまで言われている。貴族の奴等に気づかれることはない。計画は十五年も前から練りに練られたもので、資材だけは十分に揃っている。後は、お前の言う切り札とやらがどこまで使えるか。あの浮遊要塞を無力化できるかどうかが勝敗を分けるからな』

J・ポールの手紙『我が同志へ』

 

 

ドアを誰かがノックする音。深夜にここを訪れる人物は限られている。サビーネは書きかけの手紙を机の引き出しにしまった。

「誰?」

「テレーズです」

 サビーネは嬉しいような期待が外れたような、そんな感情の混ざり合った複雑な表情をしたが、それは一瞬のことであった。すぐに普段の快活な笑みを浮かべ、隣の部屋に住んで一ヶ月近くになる来訪者を迎えた。

「どうしたの? もう十二時過ぎよ。夜更かしは美容の大敵なんだから早く寝なきゃ」

 中に入ってきたテレーズに、サビーネにしては説教臭いことを言ってみせた。ニヤついているからには冗談に違いはないのだが。

「大丈夫ですよ。だって、夜更かししてもサビーネさんは美人じゃないですか」

「ま、私は特別よ、特別」

 サビーネは微笑しているテレーズを見て、心中では変わったなと思った。

 最初来た頃は冗談を冗談とも取れない娘だったのにね。

 サビーネはそう考えると、嬉しいと思う反面、胸が締め付けられるような感覚に捕らわれるのであった。

「で、どうした?」

「その……最近何かありましたか?」

「え?」

 テレーズの言葉にサビーネは思わず動揺してしまった。それを表情に出してしまったため、次の瞬間しまったと思った。

「よく夜中まで何かされているみたいですし、ボーッと上の空になられていて、こちらの話を聞いていらっしゃらない時もありますし」

 勘づかれているのかな? 

 サビーネは冷や汗が滲むのを感じた。

「もしかして……アレックスさんの事で何か?」

 サビーネは思わず椅子からずり落ちそうになった。

 なんだ、そっちか。ま、この娘らしいよね。

 安堵の溜め息を吐いた。

「ん、まー何というか……あのバカがさ。その前に、最近街で起こっている事件は知ってるわね?」

「新聞に載っているテロ事件ですね」

 テレーズは少し俯き加減になって答えた。サビーネは、その微妙な表情などの変化に気づかないフリをして頷くと、

「それでね、アイツさ……犯人の捜索に当たっているのよ」

「?」

「そんなのより儲かる仕事なんていくらでもあるし、第一そんな危険な事に首突っ込むな! それに殺された連中なんて、貧乏人から利益吸い上げている浮遊要塞のバカに群がるハイエナじゃん。って言ったら怒られた」

 一瞬テレーズが複雑な表情を浮かべた。サビーネは言った事に後悔して、しかし言葉には出せず、心の中でゴメンと謝った。

「アイツね、こう言ったの。『殺された連中の中には、そんなのとは無関係な小せえガキとかもいたんだよ! しかもな、そのガキを殺したヤツは、その後自分の家族と一家団欒のひと時を楽しんでやがったんだ! うまく言えねえが、なんか許せねえんだよ。絶対今度は現場押さえてやる。他に仲間がいるかも知れねえから、それも見つけ出してやる。』ってね」

 サビーネはため息を吐き出した。

「アイツらしいよ。ダメだね。私は理解してやれないし、それに」

「それに?」

 小首を傾げて聞くテレーズを見て、思わずサビーネは愚痴と一緒に出しそうになった言葉を飲み込んだ。この娘といると思わず色々言っちゃうね。危ない危ない。 

「サビーネさん」

「何?」

「アレックスさんのことが好きなんですね」

「え?」

 サビーネはぎこちなく顔を上げた。テレーズは微笑を浮かべたまま言っているが、冗談ではないことは明白だった。

「さ、さあね。どうだろうね」

 サビーネはかすれた声でそう答えるのが精一杯であった。が、普段のサビーネらしくもなく視線を逸らしているので、否定は不可能であった。

「いいじゃないですか、素直になれば。本当にいい人ですし」

「私はだから別に……好きとか嫌いとか」

 サビーネの言葉の後ろの方は、もはや消え入るような声であった。

「私は憧れますよ。ああいう人」

「何で?」

「だって、愚直なくらい真っ直ぐで、不器用で世渡りはうまくなさそうだけど、優しいし、強いし」

 テレーズはそこまで言って身を少し屈めて、サビーネの顔を覗き込むようにして再度尋ねた。

「どうなんですか?」

「好き……だよ」

 

 

「こんな時間に何やってんだ?」

 そう呟いた男は、年の頃ならすでに五十前後、精悍な顔つきで、それを豊富な顎鬚でさらに強調している。右目は刀傷らしきものが走っており、眼帯で隠している。

 男の視線の先には、廃兵院より多数の兵士が出てくる光景があり、最後尾が出てくるのに一時間ほどかかった。

 すでに時間は夜中の一時。外出禁止令が出ているため、外を出歩く市民は皆無である。

「だいたい二千人ってとこか」

 男は見つからないように、兵士たちから死角となる建物沿いに移動しながら後をつけた。

「これだけの兵士が出て行ったってことは、浮遊要塞の中の兵士は、近衛部隊ぐらいだろうな」

 男が四十分ほど兵士の最後尾をつけていくと、彼らはパリス市中央を南北に貫通するサン・ミッシェル通りに出て、そこからパリス郊外に分散していった。

「へえ、封鎖網を作る気だな」

 男は今までに蓄積している膨大な情報から、彼らの目的を察した。

「それならそれで、オレたちにとっては好都合ってやつだがな」

 

 

「よくも娘を!」

「オレたちが何をした!」

「家族を返せ!」

 夜が白みだす頃、鍬や鋤を持った集団が、怒号を上げながら軍隊の正面に現れた。

「なんだこいつらは?」

「構わんからブッ殺せ!」

 兵士たちが突然の出来事に混乱した。しかし、隊長クラスの人間は少なくとも表面上は平静さを保つことに成功し、兵士たちに命令を下していた。

「でも、こいつらは民間人ですよ」

「我々を攻撃してくる者は全て陛下の敵だ!」

 パリス市の東へと行軍していた部隊は、パリス市から十キロほど郊外に出たところで民間人の攻撃を受けた。その数は百人以上。

「撃て!」

 隊長の号令一下、五百人近い兵士が隊列を三つに組み、短銃を斉射した。それだけで、戦闘の訓練など受けていない民間人たちは潰走した。

「追うな!」

 隊長は逃げていく民間人を見て部下を制した。

「治安維持局に通報しておけ。彼らに残敵の掃討をやらせればいい。我々はパリス盆地の封鎖が任務だ」

 

 

『パリス盆地封鎖される。

 六月六日未明、浮遊要塞の兵士二千名がパリスの東西南北の四街道を封鎖するため進軍した。逆賊のパリス盆地脱出はこれにて不可能となった。完全な封鎖は十日までには完成することになるとの発表があった。この動きは、最近地主などを襲いその財産を奪い取る農民反乱が地方で相次いでいることから、その動きを牽制する目的も含まれているようである』

六月七日付のパリス王立アカデミー新聞

『パリス市郊外の惨劇

先日の封鎖へ向けた軍隊の出撃と偶然にも同日に、重税に苦しめられている郊外の一部農民が王への直訴を考えたらしい。その際、憲兵が集会禁止令に反したとして集会場を襲撃し、女子供を含む三十二名が惨殺され、四十一名が検挙された。このことに憤慨した一部住民が、パリス市内へ移動しようとしたところ、封鎖行動のため移動中の軍隊と衝突し、六十名以上が殺害されたようである。その後、治安維持局により、その行動に関わったとされる村民百名以上が奴隷とされたらしい。地方の動きも、そしてパリス市民の嘆きの声も届く場所はどこにもないようである』

同日の立憲派新聞『プチブル』の夕刊

 

 

 アレックスは、住居から傭兵ギルドへ移動する間、市内の雰囲気が変わったことに気づいた。すでに夕方近いが、多くの市民がそれぞれの家へ戻らずに、なにやら話している。

「何かあったのか?」

 アレックスはまだその日の新聞を読んでいない。六日から七日までの二日間にあったことをまだ知らないのだ。それに、この日は今まで集めたテロ事件に関する情報をまとめるために家にいて、特に人と話してもいないから知る術もなかった。

「おーい、サビーネ、いるか?」

 アレックスがギルド内に入ると、何人かの傭兵が酒を飲んで歓談していた。彼らはアレックスを認めると、敬意をこめた挨拶をしてきた。

 アレックスはそちらへ適当に挨拶を返すと、普段はカウンターの奥にいるはずのサビーネがいないことに気づいた。

「おい、サビーネはどこだ?」

「あれ? さっきまでそこにいましたけど」

 傭兵の一人がカウンターの方を指差した。

「あ、さっき手紙を出してくるとか言ってましたよ」

「そうか、じゃあ待つとするか」

 言ってアレックスは傭兵たちのいるテーブルではなく、カウンターのストゥールに腰掛けた。

「アレックスさん。サビーネの姐御に用でもあるんですか?」

「バカ。姐御にデートの誘いでもしに来たに決まってるだろ」

 その傭兵は酔っているらしく、アレックスに尋ねた傭兵の頭を小突いてニヤニヤしながらそう言った。

 次の瞬間には、アレックスが投げたグラスがこめかみに炸裂し、テーブルに突っ伏した。

「おや? アレックスじゃないか。どうした?」

 それから小一時間ほどでサビーネが戻ってきた。すでに外は暗くなってきている。夜警に出る傭兵が数人ギルドに集まって打ち合わせを始めていた。

「ん、いや。その」

 アレックスは、買い物袋を抱えたサビーネから少し視線を逸らして鼻先を照れくさそうに掻いた。

「先週は悪かったな」

 サビーネはすぐにわかった。あの時からアレックスはギルドに来ていない。

「別にいいよ。アンタの言ってることは間違ってないしね」

 サビーネも照れくさそうに言いながら、カウンターに入って買い物袋を下ろした。

「アレックスさん。もう一息!」

「バカ。お前が雰囲気を壊してどうすんだ」

 奥のテーブル席より、酒を飲んでいる傭兵たちが二人をからかった。

「アホかお前らは!」

 次の瞬間には、サビーネが投げつけたリンゴがそのテーブルにいた傭兵の中の一人の額に命中した。先ほどアレックスのグラスをこめかみにくらった男である。

「で、何か用?」

 リンゴを投げて少し平静さを取り戻したサビーネは、アレックスの方に向き直って尋ねた。

「テレーズが手紙で伝えてきたんだけどよ、お前さ、最近夜歩きしてるらしいな」

「それがどうしたのよ」

 サビーネのグラスを磨く手に力がこもった。

「最近治安も悪いしよ、あまり夜歩きするなよ」

「アンタだって夜歩きしてるじゃない」

「オレの場合は夜警が仕事なんだよ。お前女なんだからさ、夜に出歩くなよ。特に用もないだろうに」

 その言葉にサビーネはカウンターを手で思い切り叩いた。かなり大きい音が立つが、次にサビーネが発した言葉の方がよく響いた。

「なによ、その言い方。女だから何!」

「そんなムキになるなよ」

 アレックスはサビーネの剣幕に驚かされた。

「私だって……多くの人が」

「?」

 サビーネは、慌てて口を閉ざした。

「なんでもない。……それよりアンタ、これ知ってる?」

 サビーネは新聞を何枚かカウンターの前に広げた。

「なんだよこれ?」

 アレックスの手が震えていた。七日付けの新聞記事である。

「それが悲しい現実よね。政権が変わっても、結局多くの人は悲惨な状況のまま。もう百年以上もね」

 サビーネは大きく息を吐き出した。

「この前の件だけどよ」

 しばらく沈黙が続いた後、アレックスが話題を切り出した。

「やっぱり犯人は仲間がいたよ。この前の夜中、何人かの男と話し合いしてたよ」

「そう」

 サビーネは何故か気まずそうに視線を逸らした。

「他の連中も調べてみたところ、随分多くの人数抱えたグループみたいだ。今のところ二十人が確認できた」

 サビーネはこめかみを押さえながら、小さく溜め息をついた。その表情はアレックスに背を向けていたため、彼にはわからなかった。

「結構大きいグループがパリス市内にあって、それが逃亡貴族を隠れ蓑にしてテロやっているのは確実だ。今のところはそこまでしか言えないが。現場が押さえられないからな」

「警告は行き届いてるのか」

「何か言ったか?」

「いや別に。テレーズに会っていくの?」

 サビーネはアレックスの方に向き直ると、何事も無かったかのように話題を切り替えた。

「そうだな、しばらく会っていないし」

「じゃあ上にいる。私もここ片付けたら行くから先に行ってなよ」

 アレックスはわかったと言うと、二階に上がって行った。

「バレたら嫌われそうだな、私」

 サビーネは独り呟いた。

 

 

「で、謝ったんですか?」

 アレックスは頷いた。テレーズはそうですかと、ほっとしたような笑みを浮かべた。

「このところ元気がなかったんですよ、サビーネさん」

「アイツがか?」

 アレックスが意外だと言わんばかりに声を上げると、テレーズは責めるような口調で、

「アレックスさんは全然女心がわかっていません。サビーネさんはああ見えても結構繊細なんですよ」

 まるで姉に説教される弟みたいだ。

 アレックスはそう思った。アイツが繊細かと疑問が浮かんだが、言葉には出さなかった。

 自分が傭兵世界という男ばかりの環境で育ってきているから、女心とかいうものに疎いことは彼自身も認めているのである。

 アレックスは、テレーズに尋ねなければならない事を思い出した。

「ところでよ、娼館は教えなくていいからよ、テレーズの実家はどこなんだ?」

「え?」

「だって、それがわかんなくちゃ逃がせねえじゃねえか」

 アレックスが尋ねると、テレーズは予想していた通り黙り込んでしまった。

「話聞いてると、別に親が嫌いだってわけでもねえだろ。なら、あとはオレが金出せるし、両親の所へ戻った方がいいだろ」

 娼館でもテレーズを探しているに違いなく、だとすれば実家に押しかけているはずなのだ。だから、早く金を持って両親の所へ行かせたほうがいいとアレックスは考えている。

「もう……両親は」

「え? あ、そうか。スマンな」

 アレックスは事情を察した。

「でも、実家はどこなんだ? 一応親戚とかもいるだろうし」

 しかし、アレックスの問いかけにテレーズは泣きそうな表情で首を横に振った。

「そうか」

 天涯孤独ってやつか。

 アレックスも両親はすでに亡く天涯孤独の身である。テレーズの心中が、どれほど辛いものなのかはいくらか想像がつく。

 二人の間に気まずい沈黙が漂った。

「おーい、メシができたぞ。来いよ」

 ドアを叩く音とともに、サビーネの声が室内に聞こえた。

 アレックスはそのタイミングのよさに感謝した。


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