【Gloom under the cherry blossom】 - 第三章 -
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「で、次はどこ行きますか? 部長……げうっ!」

 そう問い掛けたオレの顎に、櫻さんのアッパーカットが決まった。

「だから、何度言わせるの! 付き合ってるんだから呼び捨てでいいって」

「じゃ、じゃあ、どこ行きますか? ……げはっ!」 

再度、櫻さん……櫻のアッパーカットが決まる。

「敬語も無し!」

 うーん、そう言われてもクセはなかなか抜けないんだよな、と思いながら、顎を摩りつつ起き上がる。

「え、えーと……じゃ、じゃあ、どこに行く? 部じゃなくて櫻」

 オレは頬を紅潮させてそう言った。オレって結構ウブだなあと思いつつ。

「ジェットコースター!」

 櫻はさも当然のようにそう言った。

 オレはその言葉にげんなりしながら、

「櫻……さっきからおばけ屋敷と、ジェットコースターを行ったり来たりしてる気がしないか?」

「だって好きなんだから、しょうがないでしょ」

 とはいえ、二つのアトラクションを三回ずつも乗っているのはどうかと思うぞ。と、オレは内心呟く。

「アトラクションは色々あると思うが……例えば……げふっ!」

 オレは三度、櫻のアッパーカットを食らった。かなり痛い。

 ドサッと音を立てて倒れたオレを笑いながら見下ろし、

「こーんな女に、メルヘンチックなアトラクションが似合うとでも?」

 確かに、そんな気もする……などと、かなり失礼なことを考えた。

「あーっ! 今、そんな気もするとか思ったでしょう。うわあ、かなりショック」

 げ、心を読まれているのか? ……やばい、櫻の拳が震えている。今度こそ殺られる。付き合いだしてから知ったのだが、彼女は実はかなり強い。並みの男二、三人では歯が立たないくらい。

 護身のために空手をやっていたという。納得だ。

「決めたわ」

 櫻は右の拳を左の手のひらに打ち付けて続けた。   

 抹殺決定? オレはそんなことを考えた。

 櫻はビシッとある方向を指差す。ちょっと演技がかった動きだなとオレは思った。……似合ってるけど。 

「尚也の期待どおりに……メルヘンチックなアトラクションに行ったげるわ。もちろん観覧車にもね!」

「へ? 抹殺するんじゃないの?」

 しまった。オレは後悔した。

 間の抜けた言葉に、櫻はようやく起き上がったばかりのオレをアッパーカットでふっ飛ばして応えた。  

「アンタは女の子になんてこと言うんだ!」

 そう言って、起き上がるスキすら与えず蹴りを入れてくる。

 かなり痛いんですけど。

 つーか、自分で女の子うんぬん言うなら、人を簡単にふっ飛ばしたり蹴りを入れないでほしいものだ。

 周囲から突きささるような視線を感じる。

 かなりの美人が連れの男をアッパーカットで数度ふっ飛ばした上、蹴りを入れている構図はよほど珍しいようだ。

 当たり前だが。

「もう、私だって……一応女の子なんだからね」

 そう言ってオレに手を差出し、起こしてくれた。ようやく怒りが収まったようだ。

「それでいて、長身でモデル並みのスタイル持った美人」

「まあね」

 謙遜ぐらいしろって、と言葉に出さないが思う。褒め言葉は謙遜するなと普段から言っているからな、櫻。

「それじゃあ、レッツゴー!」

 櫻は言うが早いか走りだす。オレは慌てて後を追う。 

 この明るさが、表面だけの……傷を隠す仮面ではなくなったとオレ自身では思いながら。

 ――― 数時間後

 もう外は日が落ち始めている。秋の日没は日毎に早くなっていく。

 時間は五時半。夕焼けが眩しい。

「最後に観覧車とは……定番よね」

 オレの向かいに座る櫻はそう呟く。別につまらないといった風には見受けられない。

「見て、綺麗よね。私、この夕焼けの光景が好きなんだ」

 確かに櫻の言うとおりだ。夕焼けに照らされる街は、その逆側から徐々に黒く塗り潰され始めているのが分かる。なんとも表現しがたい美しさだ。

 もうすぐ日が完全に沈む。

「確か、明け方の光景も好きなんだよな」

 櫻は頷いた。

「どちらかというと明け方の方が好き。それまでの暗い世界に日が差し込むあの光景がね……。何かイイ事ありそうって気にさせてくれるのよ」

 櫻はそう言って観覧車の下に視線を移す。日が暮れるにつれて、人の波が入り口の方へ向かうようになってきている。

「高いところから街を見下ろすと、ミニチュアみたいと言うけど本当だな」

「それも台詞としては定番ね」

「じゃあなんて言う?」

 櫻はそう言われて、

「見ろ、人がゴミのようだ」

「……」

「……」

「映画の台詞だろ、それ」

「あら、あの映画好きなのよ私」

 話が微妙に食い違っている気がするが……まあいいか。

「今日は楽しかった?」

 オレは櫻にそう問い掛けた。

「尚也が楽しければ私も楽しかったし、尚也が幸せと感じたなら、私も幸せだった」

「なんか、答えをはぐらかされた気がするぞ」

「……」

 櫻は頬杖をついて外の風景を見ている。

 夕日がその横顔に当たっている。

 ……。思わず見惚れてしまう。改めて美人だなと思う。

「ねえ」

「ん?」

「あなたは楽しかった? 幸せ感じた?」

「ああ」

 オレは迷わず速答した。

 櫻はオレの方に向き直り笑みを浮かべた。

 思わずドキリとしてしまう。

「じゃ、私も幸せ!」

 そう言って、オレに抱きついてくる。ゴンドラが揺れた。

「……」

「……」

「……」

「……」

「えへへ」

 笑って櫻はオレから離れて、再び対面に座る。

「尚也の唇は奪ったぞ! なーんてね」

 櫻はそう言い、ウインク一つ。

 オレは固まって動けなかった。

「尚也、顔赤いよ」

 そう言う櫻の顔も赤い。夕焼けの光のせいだけではないだろう。

 これがオレのファーストキス。幸せ感じた瞬間。そして幸せを掴んだと確信した瞬間だった。

 

 

 オレと櫻が付き合い始めてから、はや五ヵ月。早いものだなとオレは思った。

 櫻はとにかく明るい。悲恋物語も書かなくなった。というより、作品を書かなくなった。

 ま、気にするほどのものじゃないとオレは思った。櫻は過去と決別したんだ。幸せになってくれてるんだと、オレは思っていた。

 もう今日から二月だ。実は一番寒いのはこの時期だったりする。記録的な大雪とかもこの時期に集中する。

「うう、寒い」

 オレは寒さに弱い。九州の出身者にはこの寒さはさすがに堪える。

 オレは寒さに耐えながら、バイト先のコンビニへ向かっていた。今歩いている道路のすぐ先に急なカーブが見える。そのカーブを曲がり、反対側の車線に面したところにコンビニはある。

 いつもは櫻と行くのだが、今日は櫻に用事があるらしく、シフトの時間をずらしてある。オレとちょうど入違いのシフトだ。

 車が急なカーブより現われオレの脇を過ぎていく。ちょうどその時、名前を呼ばれた気がした。

 反対側の車線に面した歩道を見る。いた。

「おーい、尚也!」

 手を振っているのは櫻だ。

 オレは手を上げて応える。

「西川さんが少し早く来てくれたから、ちょっと早く上がらせてもらった! まだ島田さんは残ってるから」

「分かった!」

「あ、ちょっと待って! そっちに行くから」

 櫻はそう言って、歩道から車が来ないことを確認。確認すると、車道を横切ってくる。

 カーブはオレから見て右に急角度で曲がっている。つまり、左手側の歩道にいるオレの方がカーブから来る車が見える。その逆は……。

 櫻が車道の中央辺りまで来たとき、オレは気付いた。 

 気付いた途端に身体が勝手に走っていた。

 車のクラクション。櫻はその音源の方を見て固まってしまう。

 オレが櫻を反対車線に突き飛ばした直後、オレの身体は宙を舞っていた。

 直後、意識は暗闇の中へ消えていった。


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