【Gloom under the cherry blossom】 - 第四章 -
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 オレが意識を取り戻したのは、二月六日。意識不明の重体で運びこまれたらしいということは、両親が教えてくれた。

 手は……片手を固定されているが、右手はどうにか動く。口も……話すことは出来るみたいだ。

「あ、あのさ……さ、さく、櫻は?」

 オレはろれつの回らない状態でなんとか言葉を出した。

 両親は笑みを浮かべ、

「ああ、あの見舞いに来ていた人だな。あの人なら無事だよ」

 まあ、見舞いに来ていたんだから無事なんだろうな。とオレは心の中で安堵した。

「いや、お前はよくやった。好きな女のために身体を張れる。それこそ男子の本懐!」

「お父さん……さっきまで死の淵をさまよっていた息子になんてこと言ってるんですか!」

 オレはそんな両親の言い合いを聞きながら、再び眠りに就いた。

 櫻が無事でよかったと思いつつ。

 

 身体へのダメージは比較的軽いほうだったらしく、三月十五日に退院となった。

 一ヵ月半ぶりの外の空気は気持ちがいい。

 気になるのは、オレが意識を取り戻してから櫻の見舞いが無かったことだ。差し入れを看護婦に頼んで届けてきたことは何度かあったが、直接会いには来ていない。 

 携帯は事故の時に大破していたので、新しいのを店に買いに行き、そして部屋へ戻った。久しぶりの部屋だ。 

 鍵を差し込み開ける。

 開けてまず驚いたのは、一ヵ月以上も使われていない部屋が綺麗に掃除されていることだ。

 両親か櫻か、もしくは両方が掃除していたんだろう。 

 靴を脱ごうとして、下を見て気付いた。

 鍵が落ちている。この部屋の鍵だ。オレの持っているものでも、両親の持っているものでもない。狐のマスコットキーホルダーが自己主張しているそれは、間違いなく櫻のものだ。

 ドアの新聞受口から中へ投げ込んだのだろう。

 オレはそれを拾い上げ呟いた。

「どういうつもりだ?」

 そう言葉にして数呼吸分間を置くと、不安が沸き上がってくるのを感じた。

 階段を駆け下り、櫻の部屋の前へ。急いで合鍵を差し込む。焦りのため手が思うように動かないのがもどかしい。

 カチリ。開錠の音。ドアを思いっきり開く。

「……」

 誰もいない。

「……」

 取り敢えず側にあるスイッチに手を伸ばし明かりを着ける。

「帰省しただけ……だよな」

 普通に考えればそうに決まっている。今は三月で春休みなのだから。

 とは言っても、入院している間のことといい、退院すれば不在。櫻らしくない。

 オレは、綺麗に片付けられている部屋の中央。テーブルの上にある便箋を見つけた。

 嫌な予感がしつつも、それを見る。

『突然ゴメン。どうしても尚也の顔が見れない。私のせいで尚也を不幸な目にあわせた。やっぱり私にハッピーエンドはついてこないよ。周りも不幸にするのは姉と同じ。尚也は私といないほうが幸せになれる。私はやっぱりダメ。……合鍵は返しておく。帰省してしばらく考えたいと思うんだ。だから、大学は休学する。場合によっては止めるかも。こんな私に付き合ってくれて、そして心配までしてくれて、本当にアリガトウ! そしてさようなら                  皆瀬櫻』

 よく部屋を見渡してみた。本棚から本が消え、クローゼットは空。一部の調度品を残してみんな無くなっている。

「嘘だろ」

 オレは手を強く握り締めた。爪が手に食い込み血が出るのも構わずに、強く強く握り締めた。

 

 

「うーん……彼女の帰省先はオレにも分からないな

 サークルの人間に聞いて回ったが、誰も櫻の帰省先を知る者はいなかった。

 元々は岩手にいたことを知るのはオレ一人のようだ。しかし、そのオレも現在の櫻の帰省先……父方の実家は知らない。

 もちろんサークルの名簿も調べたが載っていない。

 大学のアルバムにも載ってはいない。

「やっぱり岸田さんも知りませんか」

「彼女、そういうことは教えたがらなかったからな」 

 岸田さんは、二年前に卒業したOBだが、フリーターとして大学の近くに住んでおり、サークルにもよく来る。

 サークル一の事情通なら知っているかと期待したのだが……ダメだった。

「オレの方は、緒方君になら教えているんじゃないかと思っていたんだがね」

「……」

 オレはどうしたものかと思案にくれる。

「何か込み入った事情があるみたいだが……春休み明けに彼女と話をするというのは?」

 オレは岸田さんに事情は説明していない。ただ櫻に会いたいとしか言っていない。電話が通じないことは伝えてある。

「それが……」

 オレは言葉に詰まった。

 アレは言っていいことではない気がするからだ。

 ……どちらにしても、前期が始まれば分かることかもしれないが。

「サークルを止めるつもりなのか? 彼女」

 岸田さんはそう聞いてくる。当たらずとも遠からず。 

 しかし、実際にはもっと深刻で、休学……いや、大学を止めるかもしれないのだ。

 岸田さんは、オレが深刻な表情をしていることに気付き、こう続けた。

「まさか……大学を止めるとか?」

 オレは思わず頷いていた。

「そうか……」

 岸田さんは椅子に深く腰掛け、腕組みをし、思案にふける仕草をする。

 今この場には、オレと岸田さんしかいない。二人の間に沈黙が漂う。

「何故、彼女は緒方君に別れを告げたんだ?」

 オレはその言葉に唇を噛み締める。

「いや、答えたくないならそれでもいい」

「彼女は幸せにはなれないんだそうです」

「?」

 岸田さんが首を捻る。

「彼女は過去の出来事から、自分も幸せになれないと思っています」

「何かあったのか? いや、いい。それは緒方君達の秘密だろう。続けてくれ」

 オレは岸田さんが深く詮索してこないことに感謝しつつ、話を続けた。

「だから、オレが幸せにすると。で、彼女はオレが幸せなら自分も幸せだと……」

「……」

「二月……オレが事故で重体になった……それが原因みたいです。自分は人を不幸にするだけだと」

「彼女……」

「え?」

「その事故の後でオレに言ってたよ。『私も人を不幸にするだけ。だったら私なんていないほうがいい。幸せになる資格なんか無い』ってね」

「……」

「だから、過去に何かあったんだとは思っていたんだけどね」

 岸田さんは天井を仰ぎ、ため息を吐いた。

「なにか過去に捨てきれないものでもあるのか……トラウマってやつかもしれない」

「オレは……どうすれば……」

「人には……」

「人には?」

「思い出を大事にする人もいる。彼女の過去に何があったかは知らないが……それは、何かの思い出に起因しているのかもしれない。だったら緒方君は、自分たちの思い出に賭けてみないか?」

「と、いうと?」

「緒方君たちが出会った場所はどこだい?」

「大学側の公園ですが……あの桜並木の」

「だったらそれに賭けてみたらどうだ? 電話に出てくれなくても、メールは彼女に届くだろ」

 オレは、岸田さんの言いたいことを悟った。

「わかりました! やってみます」

 言うなり、オレは部室を後にした。


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