【真夏のオアシスドリーム】 - 第二章 -
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 夏休み前の最終週。目覚ましの音は七時ちょうど。すでに蝉の声がやかましい。

 いつも通りの夏の朝。

 正直言って、起きたくなかった。学校に行けば嫌でも顔を合わせる。皆勤賞なんてどうでもいい。

 朝からうだるような暑さだ。気だるい。このまま休んでも、学校は何も変わることなく授業を進める。ただ違うのは、『模範的な生徒』が『止むに止まれず』休んだと担任が心配するくらいだろう。

 どうせ今日からはテスト返しくらいしかないんだ。休んだって何も困りやしない。

 行かなければ、二人とも心配するだろう。担任とは違った意味で。多分、見舞いにも来るだろう。

 耕介はどうしたのだろう。昨日にでも旭を呼び出したのだろうか。

 旭はどう答えたのだろう……。

「クソッ!」

 俺は手に取った枕を壁に叩きつけた。ポスッと情けない音をたて床に落ちる。

 何を俺はいらだっているんだ。

 あの二人が付き合うなら、それだっていいじゃないか。耕介はルックスはいいし、軽そうに見えて人情家だ。旭にとっても悪いわけはない。多分、付き合うだろう。そうに決まってる。

 だったら、それでいい。

 どうせ、今年は受験で忙しいんだ。なら、耕介のほうが幸せにしてやれる。

「行くか」

 俺は、結局学校を休むことすらできないんだな。

 

 

 自宅から学校まで三十分。着くのがいつもより早く感じた。学校に続く並木道は、普段は清々しいものだが、今日はそこに留まる蝉の声が耳障りなだけだった。

 後輩が挨拶をしてくる。俺は軽く手を上げて応えた。

 教室に入る。いつも通りの八時十分。ホームルームの十分前だ。

 耕介はいない。これもいつも通りだ。今日も遅刻と見ていいだろう。

 けど、今日は旭もいなかった。いつもなら俺よりも早く来ているのに。

 今日に限って寝坊とは考えられない。多分、駅のバスターミナルで待っているのだろう。

「ふう」

 俺はため息をついて天井を眺めた。決定的かなこれは。

 クラスメイトたちが入ってきては、雑談を始める。

 時間を見た。八時十八分。そろそろ担任が来る。二人は、

「おっす僚」

「おはよう」

 ホームルームギリギリにやってきた。一緒に。偶然か、それとも、

 俺が漠然とそう思っていると、耕介が怪訝そうに、

「おい、夏バテか?」

 俺は手を振った。

「別に」

 二人を見ていて、余計に気だるくなった。頼むから、そんな心配そうなツラしないでくれ。

「今日の僚。なんか変だよ」

 旭がしゃがみこんで顔をのぞいてくる。俺は顔を背け、

「いつもと同じだ。だるいだけだ」

 旭は、首を傾げて俺の顔を再度のぞきこもうとする。止めろって。

 胸の底のほうから何かがこみ上げてくるのを感じた。

 俺の心中を知ってか知らずか、旭は俺の額に手を当ててきた。

「うーん……別に熱とかじゃないみたいね」

「おい、止めろって」

 俺が額を離すと、旭は不思議そうな顔をしていた。

「おい、僚」

「全員席に着け。ホームルームを始める。日直」

 耕介が口を開こうとしたその時、担任の山本が入ってきた。耕介は口を閉じて席に向かった。ヤツは窓際の後ろから二番目の席だ。これでしばらくは離れられる。

 ただ、

「僚、体調悪いなら無理しないほうがいいよ。いっつも頑張り過ぎてるんだから」

 旭は俺の真後ろの席から小声で言う。多分、心の底から心配しているんだろう。でも、それがツライと思ったのは初めてだ。

 俺は、旭に向けて手をヒラヒラと泳がせて、一応安心はさせておいた。これ以上声を掛けられたら、余りにツライ。

 

 

 その日は、テストの返却日だった。

 一限はオーラル。テスト返却後、テープを再度流して解説を入れていく。

 そして一限終了を知らせる鐘。かなり憂鬱な気分になってきた。

 二人とも、いつものように俺のところへやってきた。

「僚、テストどうだった」

 旭は自分の答案を見せながら聞いてくる。耕介は答案用紙をすでに紙飛行機にしていた。赤点なのだろう。

 俺は、無言で答案を渡す。

「やっぱりお前、なんか変だぞ」

 耕介がそう言ってくる。

「いつもと同じだろうが。普段から俺はそんなしゃべってねえぞ」

「それはそうだがな」

 耕介は髪を掻きながら、まだ何か言いたそうにしていた。その時、

「うわ、何これ? 満点じゃない。どうやったらオーラルでこんなことできるの?」

 旭がクラス中に響くような声で言う。……いじめに近いぞ、さすがにこれは。と思ったが、突っ込む気にもなれなかった。

「何だ?」

 旭は、俺のことをまじまじと見ていた。さすがに気になる。

「突っ込まないの?」

「はあ?」

 なんだコイツは。突っ込みを期待していたのか?

 そんなことを思っていると、旭は手を振って、

「いや、別に突っ込んでほしいとかじゃなくて。僚って、いっつも言い返してくるじゃない」

「そうか?」

「そうだよ。やっぱりおかしいって」

「別に」

 俺は窓に映る海を視界に入れて、二人を光景の外に出した。旭はそれでもしつこく視界に入ってくる。

「どうしちゃったのよ。なんで私たちのほう向いてくれないの?」

「そういうわけじゃ」

 俺はそう言いつつも、二人を視界から外そうとした。

「ねえ、僚ってば」

 旭はしつこく何度も何度も視界に入ってくる。

 制御しがたい感情が沸き起こってくる。

「ねえ……」

「ちょっと静かにしてくれ」

 俺は、旭が差し出してきた手を軽く払ってしまった。思わず目が合った。その表情は今までに見たどの表情とも違っていた。

 なにかをこらえている笑顔。……苦しそうな笑顔でそこにいた。

「ごめんね。ちょっと僚の気持ち考えなさすぎたね」

 旭はそろそろ授業だねと言って、じゃあ、またと軽く手を上げると自分の席に戻った。

 見ていた自分のほうもツライ気分になった。何で手を払ったんだ。

 耕介は俺をにらめつけるようにして、しかし何も言わずに席に戻っていった。

 その日は結局、二人とそれ以上会話を交わすことはなかった。

 帰りのホームルーム後に俺は二人を残して急いで帰ってしまった。

 とにかく、二人を見ているのが嫌だった。

 

 

 何をしてるんだ俺は。

 そんなことを自問しつつ、暑い日差しの照りつける夏空の下、駅に向かっていた。海のほうへ向かって吹き降ろす夏風は、いらだたしさをさらに煽るようだった。

「おい、待てよ」

 来た道に顔を向けると、耕介が一人で走ってくるところだった。

 ヤツは、手の届くところまで来ると、肩を掴んできた。

「お前、なんだっていうんだ?」

「ああ? テメエこそなんだよ? 旭はどうした?」

 ヤツは舌打ちして、俺を突き放した。バランスを崩して焼けたように熱くなっているアスファルトに倒れこんだ。

「やっぱりそうか」

 俺を見下ろすその態度が、なんかムカついた。俺は立ち上がってヤツをにらめつけた。

「なんだ、やっぱりって?」

 耕介は鼻で笑うと、

「まだテメエはガキってことだよ、このバカが!」

 胸倉を掴み、怒声を浴びせて、殴りつけてきた。咄嗟に反応できず、またアスファルトに叩きつけられた。

「テメエの気持ち押し込めて、それで俺ならともかく、旭に冷たくすんなんて、筋違いだって言ってんだよ。ふざけんじゃねえぞ」

 耕介の立ち去った後も、その言葉に俺は動けなかった。


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