【真夏のオアシスドリーム】 - 第三章 -
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最悪の夏休みの入り方だった。結局、あの日から俺は二人と一言も交わしていない。

終業式の後とか、学期最期のホームルームの後とか、旭は俺に話しかけようかどうか迷ってるのがわかった。でも、俺は顔すら満足に合わせられなかった。

もう八月に入ろうとしている。夏期講習と『三日月園』それに自宅を往復するだけの単調な日々が続いていた。

相変わらず雨が無く、陽がギラギラに照りつける。

海が近いし、小さな遊園地もある。そして駅の北側には山もあるから、観光客が目立つようになってきた。

街中では多くのカップルも見かける。今頃は耕介と旭も高校最期の夏を楽しんでいるんだろう。

夏期講習の帰り道、何もやる気が起きないで、ただただ周囲に流されている自分にも気付き、気が滅入る一方だった。

耕介の言う通り、俺はバカだ。だから全て失うし、流されるばかりのつまんない生活を送っている。

街路に冷たい風が流れてくる。目を移すと、脇にあったゲーセンの自動ドアが開いて人が出てくるところだった。俺は無視して駅に向かおうとした。

「待てよ」

 俺は嘆息して振り返った。そこには耕介が一人で立っていた。

「最近携帯にも出ねえから、連絡が取れないって言ってたぜ」

「何のことだよ?」

 素っ気無く返すが、怒鳴ろうともせず冷めた目で、

「旭に決まってるだろうが」

 呼び捨て……そういや、この前も。

俺はその名前が出ると、きびすを返そうとしたが、

「フラれちまったよ」

 視線を戻すと、ヤツはすでに背を向けていて、顔だけこっちに向けて、

「何で俺がフラれたかわかるか?」

 ヤツは視線を外して、歩き出すときこう言った。

「そりゃあ、俺がバカだからさ。で、こんなことをお前に教えてやるのは、お前がバカだからさ」

 

 

 『三日月園』への道すがら、ヤツの言葉を何度も思い返してみた。最近切ったままだった携帯の電源をいれてみる。センター問い合わせをすると、大量のメールが届いていた。そのほとんどは旭からで、内容は『電話ください』と書いてあった。

「電話して、何言えってんだよな」

 苦笑して、携帯を胸ポケに突っ込んだ。

「あ、僚兄だー」

 『三日月園』に入ると、外で遊んでいた子どもたちが駆け寄ってきた。

「鞄置いてくるから、ちょっと待ってな」

 はーい、と元気のいい返事が返ってくる。中に入って、職員室に荷物を置きに行くと、そこで園長夫妻がお茶を飲んで歓談していた。

「お、僚君。いつもありがとうな」

 園長はいつもの柔和な表情で迎えてくれた。

「いえ、好きでやってることですから」

 照れくさくて、思わず頬を掻きながら、荷物を置いて『みかづきえん』の刺繍が入った前掛けを着ける。

 この施設を作って四十年という老夫妻は、その雰囲気が旭にそっくりだった。気持ちが落ち着くというか。

 昼下がり時には、子どもたちの多くは疲れて寝ているが、元気が余っているのもいて、砂山を作って遊んだり、なにかしらの遊びをしている。

 遊んでる子に、驚かされたのは、一緒に遊び始めてすぐのことだった。

「僚ちゃん。なにかあったの」

「ん、優ちゃんは何でそう思うの?」

 身を屈めて、目線を合わせると、優ちゃんは俺の顔を指差して、

「だって、僚ちゃん。さいきん元気なさそうなんだもん。かのじょとケンカでもしたの?」

 俺は、そんなことないよと応えて、頭を撫でてあげた。

 でも、優ちゃんは納得してくれなくて。頬を膨らませ、

「うそ。だって、さいきんおねいちゃんの話してくれないんだもん」

 俺はちょっと返答に窮した。子どもって意外なトコに敏感なんだよな。

「だめよ。ちゃんとなかなおりしなさい。僚ちゃん、いつもなかよくしなさいっていってるじゃない」

 俺が、わかったよと言って、指切りして約束すると、優ちゃんは俺の頭を撫でて、友達の輪に戻って行った。その中の一人の男の子と仲よさそうにくっついている。

 いつから素直じゃなくなるのかな、人間てのは。そう思うと、子どもたちはあまりにまぶしく映った。

 

 

 八月の初日も炎天下。ただ、のどが異常に渇くのは、そのためではなかった。

 学校での夏期講習が昨日終了したので、俺は『榎』でマスターの奥さんが作っている自家製チーズケーキを持参して、旭の家に向かった。

 とりあえず、謝らねえと。

 ストレートに謝ればいいよな。それで、きっと元に戻れるはずだ。

 そう思いつつ、インターホンがなかなか押せずにいた。

 ……迷ってても仕方ないよな。

 思い直して、ボタンを押す。しばらくして、聞かなくなって久しい声が、

「はい、どちらさまですか?」

「俺だよ」

 応えると、しばしの沈黙が続いた。俺はただ待っていた。

「今行くから、ちょっと待って」

 少しして、玄関が開き、ノースリーブのシャツにショートパンツという、意外にラフな出で立ちの旭が出てきた。しかし、困惑しているのが見て取れた。目をあまり合わせようとはしてこない。

「これ。お前好きだろ」

 言って、ケーキの入った包みを押し付ける。それを旭が手にしたとき、頭を下げて謝った。

「スマン。なんか、気持ちが整理できなくてさ。お前に当たっていたかもしれない」

 頭を上げると、旭は首を横にブンブン振って、

「う、ううん。いいんだよ、もう」

 その後、二人とも言葉が続かなくて、夏の暑い日差しの下で向き合っていたが、

「あのな、俺、耕介にお前に対する気持ち教えられたとき、どうしようもなく頭ン中がまとまらなくなったんだ」

 旭は黙って聞いている。俺はそのまま、今日までのことをしゃべり続けた。

 耕介に殴られたこと。フラれたのを告げられたときのこと。『三日月園』でのこと。

「だから、結局俺はバカだったてこと」

 俺がそう言うと、『三日月園』の優ちゃんみたいに旭は頬を膨らませて怒った。

「そんなことないよ。自分のことすぐ悪く言うの良くないクセだよ。だから何でも考えすぎちゃうんだよ」

「けど……」

 やっぱりバカだ、と言おうとしたトコで、旭の軽いパンチがあごに当たった。

「それ以上言ったら、本当に怒るからね」

 その時、風が吹いて旭の前髪がサラサラと揺れた。そのときには、旭はあの屈託のない笑顔だった。

「許してあげる。だからもう思いつめたような顔しないで」

 旭は真っ直ぐに俺を見ていた。

「前にも言ったでしょ。僚は子どもたちのヒーローだって。僚は怖いけど、でも本当は優しくて。だから理由もなしに冷たくなったりしないもん。だから許してあげるよ」

 俺は、その言葉に救われると同時に、それでも引っかかることがあった。


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