|  | 光一 
 「というわけで、最近恒例になってきたんだけど……
 
 今回も「うつ病」に関わる話をしていきたいと思います。
 
 近々、うつ病にまつわるコンテンツを立ち上げたいとも思ってるので」
 | 
    
      |  | 清香 
 「今回が3回目で、過去は以下のような内容でした。
 
 1回目は周囲の支援・理解と、患者自身について
 
 『うつ病……周囲に理解してもらえるか、微速でも進めるか?』
 
 2回目は患者の行動の重要性について
 
 『うつ病その2……『行動療法』ついてその1』」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「いずれの内容も……えっとぉ……」
 | 
    
      |  | 清香 
 「患者自身があせらない事
 
 周囲が患者を非難する事なく、理解して支える事
 
 『〜したい』という意欲のわく欲求に基づく行動をする事
 
 それらが主な柱になっていました。
 
 環境、患者を支える人間・職場、患者自身
 
 それぞれに重要な側面があるという事です」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「ということでしたぁ!」
 | 
    
      |  | 光一 
 「綾香君はやっぱりよく理解してないだろ?」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「り、理解していますよぉ!!」
 | 
    
      |  | 清香 
 「…………というお姉ちゃんは置いておいて、
 
 で、今回はどういう話をするんですか?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「話の根幹として重要な事は、
 
 前回までの2回でしているので、今回は
 
 1.『言葉の栄養』
 
 2.『思考する勇気』
 
 この2点について話をしようと思う」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「なるほど分かりましたぁ♪」
 | 
    
      |  | 清香 
 「最初に論点を上げないと、
 
 お姉ちゃんは理解できないもんね」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「どういう意味よぉ!?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「まあ、綾香君は置いておいて…………
 
 というか、少しは理解してもらいたいけど……
 
 念のために1回目の時にも述べたけど、
 
 うつ病患者というのは、年々増え続けている。
 
 今や10人に1人はうつ病を抱えていると言われる。
 
 実際に認定されるのは、症状が重くなったりして、
 
 通院している人数…………100万人弱だがね。
 
 それに類する予備軍、うつ病なのに通院しない人も含めて、
 
 社会の1割がそうだと言われている。
 
 100人いたら、うつ病・その予備軍は10人はいる。
 
 予備軍は悪化すれば、容易に患者側だ」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「すごい数ですよねぇ」
 | 
    
      |  | 光一 
 「そう。なので、うつ病は遠い世界の話ではなく、
 
 『いつ自分が発症するか分からない』
 
 『いつ自分の身内が発症するか分からない』
 
 『いつ自分の同僚が発症するか分からない』
 
 非常に身近な病気になっていると考えて良い。
 
 うつ病での年間自殺者は、交通事故での死者を上回っている」
 | 
    
      |  | 清香 
 「ですね」
 | 
    
      |  | 光一 
 「現在日本では年間自殺者が3万人を超えるが、
 
 その内、3割程……1万人程度が
 
 うつ病を直接原因とする自殺と言われている」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「すごい数…………」
 | 
    
      |  | 光一 
 「私だって叔父を自殺で亡くしているからね。
 
 ちなみに、社会的損失……金額換算では、
 
 年間2兆7千億円とも言われている」
 | 
    
      |  | 清香 
 「そんなに!?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「日本が財政的に苦しいとか色々言われるけど、
 
 うつ病を発症する事が日常化する社会は、
 
 その点だけでも社会的経済ダメージは大きい。
 
 つまり、彼らが本来なら生産する経済利益が縮小され、
 
 逆に彼らに必要とされる医療福祉の負担、
 
 休業中の企業側の負担その他は、
 
 その位の金額になると言われている」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「確かに……働き盛りの人たちが、
 
 社会から退いちゃうんですもんねぇ」
 | 
    
      |  | 光一 
 「なにも休職に限らない。
 
 うつが原因で退職したり、退職に追い込まれる事もある。
 
 あるいは、うつ病を自覚しながらも隠して働いていたり……
 
 この場合は、発覚して退職を迫られる事を恐れるからだね。
 
 あるいは…………
 
 『うつ病なんて甘え、気の持ちようだ』って考えの人
 
 これが自分自身だったり、周囲に多いと、
 
 病院に行く事もなく、治療もしないので悪化していく。
 
 結果として作業効率がどんどん落ちていく……などね」
 | 
    
      |  | 清香 
 「そっか……自分がうつ病だって認めたくない。
 
 そういう人も沢山いるでしょうしね」
 | 
    
      |  | 光一 
 「前々から言っているけど、日本人は『精神論』が好きだ。
 
 うつ病を精神論扱いする人は非常に多い。
 
 ところが、社会経済的には大きな損失になっていて、
 
 合理性の面からみても、
 
 精神論で片付けられない問題なのは確かなんだ。
 
 大体、精神論扱いできるなら、
 
 投薬治療も入院も、カウンセリングも必要ない事になる。
 
 重ねるけど、これは立派な病気で
 
 治療を受ける事を恥ずかしいと思う必要はない。
 
 風邪を恥ずかしがって隠す必要が無いように、
 
 うつ病である事も隠す必要が無い。
 
 むしろ、隠さずに周囲のサポートを受けるべきなんだ」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「そこが欧州との差だって前回言ってましたねぇ」
 | 
    
      |  | 光一 
 「特にバブル崩壊以降、この数値は急増している。
 
 前にも言ったけど、今の日本社会には希望が無い。
 
 まず確実に言えるが、バブル期までのようには、
 
 日本社会で、この先、給与水準が上がる事はない。
 
 むしろ給与水準が下がり、社会サービスが低下し
 
 老後の保障も大きく低下する。
 
 これはもう自明として見えている。
 
 つまり、誰も先の見えない社会なわけだ。
 
 この12年で日本人の平均所得は2割も低下した。
 
 いくら会社に貢献しても、バブル期のようには報われない」
 | 
    
      |  | 清香 
 「そうですね……というか、バブル期なんて、
 
 私が生まれる前。マスターも中学生位ですもんね」
 | 
    
      |  | 光一 
 「昔の日本社会っていうのは、
 
 懐古主義に陥るわけではないが、
 
 働けばその分報われる。
 
 努力した人が周囲から称賛される。
 
 とまあ……そういう時代だった。
 
 ところが今は全く違う社会になっている」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「というと?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「今の日本社会はグローバル化の下で競争社会になった。
 
 企業側の論理はこうだ。
 
 『効率第一・株主配当第一・海外との競争・合理化』
 
 社員の論理はこうだ。これは昔からね。
 
 『働きがい。生きがい』
 
 こうして、景気低迷下と社会構造の変化で、
 
 企業の求めるものと、社員の求めるものが離れた。
 
 ギャップに耐えかねて、ストレスが増す社会となった」
 | 
    
      |  | 清香 
 「つまり、それ以前の社会よりも
 
 うつ病が発症しやすい社会になってしまったと」
 | 
    
      |  | 光一 
 「報酬の点で言えば、バブル期までは
 
 能力がある人は昇進して裕福になれたし、
 
 能力が無くても懸命に働けば、
 
 周囲の人たちが『誠実な人』として信頼して、
 
 報酬は十分に上がったし、生活も保障された。
 
 それ以上に、その人の人格自体が称賛されたんだ。
 
 今は最早そうではなくなってしまった」
 | 
    
      |  | 清香 
 「一部の能力ある人だけが裕福になって、
 
 能力がない大部分の人は、
 
 努力しても報われず、燃え尽きる様な社会になったと」
 | 
    
      |  | 光一 
 「そう言う事。
 
 非正規労働の増加なんて、若者に絶望を強いるよね?
 
 それに加えて互いを誉めたり、称賛するといった、
 
 人間的な関係はどんどん遠くなっている。
 
 競争社会と言うのは、強力な社会格差を生み出すものだ。
 
 同時に、人同士で差別しあって、称賛しない社会でもある。
 
 まあ、その前提を今回も強調したうえで、
 
 今回しようとしている話に行くとするかね?」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「今回も本題に入るまでに、
 
 随分話が迂回しましたよね」
 | 
    
      |  | 光一 
 「だって未だに『うつ病』を
 
 単なる気持ちの持ちようって考える
 
 硬直思考の極みの人が多いんだもん。
 
 強調せざるを得ないでしょ」
 | 
    
      |  | 清香 
 「まあ、確かに…………」
 | 
    
      |  | 光一 
 「で、今日第一の話。
 
 『言葉の栄養』について話をしていこう」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「言葉の栄養? って何ですかぁ?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「心療内科的な言葉では『ストローク』って言うんだ」
 | 
    
      |  | 清香 
 「ストローク?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「心理学的な用語で言うと、
 
 他者に対する自分の行為全般」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「それがどう栄養になるんですかぁ?
 
 …………太るんですか?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「太るわけない、ない。
 
 言葉、こーとーばー。
 
 ドーユーアンダスタン?」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「なんか、ことさらバカにされた気がするんですけど」
 | 
    
      |  | 光一 
 「と、人間は何かを食べて栄養を摂取しないと
 
 当然ながら死んでしまうわけだ」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「知ってますか?
 
 女の子の身体の半分は生クリームなんですよぉ?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「綾香君、ことさら意識して自分の年齢を下げようとしない。
 
 それが許されるのは、JKか女子大生までね。
 
 ちなみに私は女子高生モノも女子大生モノも好きだから。
 
 それと君の論法を本気で信じる人がいたらどうする」
 | 
    
      |  | 清香 
 「そうそう。お姉ちゃんの脳みその半分は
 
 綿で出来てるんだから」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「それこそウソじゃない!! ちゃんと詰まってる!
 
 後、マスター、さり気にとんでもない事言ってますよね!?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「と、こうした言葉の掛け合い自体そうだけど……
 
 『話しかける』『接触する』『誉める』『怒る』など
 
 相手との相互作用をおよぼす行為をストロークと言う」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「で、それがどう栄養なんですかぁ?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「ストロークにはプラスとマイナスのそれが存在するんだ。
 
 プラスのストロークと例えば…………
 
 綾香君は今日も可愛いね♪」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「えっ、そんなホントの事を言わなくたって〜♪」
 | 
    
      |  | 光一 
 「こう、相手がプラスの気持ちになる行為を指すんだ」
 | 
    
      |  | 清香 
 「いっつも何も考えてない頭の持ち主なのにね〜。
 
 顔と胸だけは無駄に良いよね、お姉ちゃんは」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「どういう意味よ!?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「と、このように……相手をけなす等の行為は、
 
 マイナスのストロークと言われる事になるんだ」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「わざわざ私で実践する必要性はありましたかぁ?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「さて質問だ。綾香君としては…………
 
 私がかけた言葉と、清香君がかけた言葉、
 
 どちらの方が良かったかい?」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「それはマスターの言葉ですよぉ。
 
 私の事、可愛いって言ってくれましたしぃ。
 
 清香は私の事、バカにしていましたしぃ」
 | 
    
      |  | 光一 
 「これこそが『言葉の栄養』、『ストローク』というものだ」
 | 
    
      |  | 清香 
 「じゃあ、プラスのストロークを得る事が、大切ですねぇ」
 | 
    
      |  | 光一 
 「当然、プラスにこした事はないが、
 
 さて……あえて栄養と言ったのは、
 
 ストロークは得られないと
 
 人間として耐えられなくなってしまう」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「というと?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「極端に言ってしまうと、
 
 人間はプラスでもマイナスでも良いから
 
 ストロークを得たいんだよ」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「何でですかぁ?
 
 マイナスの言葉や行為なんて貰っても嬉しくないですよぉ?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「人間にとって一番ツライ事は
 
 『孤独』『集団内で無視される事』なんだよ。
 
 集団的な生き物において、これ程むごく、ツライ事は無い。
 
 だから、非常に逆説的なんだけど、
 
 自分の事を他者が『けなす』『叱る』『バカにする』って
 
 非常によくないマイナスのストロークだけどね、
 
 栄養としては無いよりもマシなので、これを求めてしまう」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「うーん……けなして欲しい?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「だから、『言葉の栄養』と言ったんだ。
 
 もちろんプラスのストロークは重要だが、
 
 人間はそれが得られないとマイナスのストロークを求める」
 | 
    
      |  | 清香 
 「栄養と言う意味では…………
 
 普段は美味しいご飯を食べたいけど、
 
 雪山で遭難している時には、
 
 普段口にしないような、劇的にマズイ非常食でも口にする……
 
 こういう事ですかね?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「そう。常に栄養は得続ける必要があるので、
 
 プラスが得られなければマイナスを得ようとするんだ」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「例えばどういう事ですかぁ?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「好きな女性がいるけど、相手にしてもらえない。
 
 その女性から『私もアナタを好き』とか言ってもらえない。
 
 こうした、プラスのストロークを貰えない場合が典型例」
 | 
    
      |  | 清香 
 「好きな女性に無視された場合とか、
 
 欲しい言葉・行為が貰えない場合ですか……」
 | 
    
      |  | 光一 
 「君たちならどうする?
 
 好きな男性にアプローチしても、
 
 プラスのストロークを期待できない……
 
 プラスの言葉の栄養を貰えない場合は?」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「……………………
 
 既に式の予定を組みこんでしまったので、
 
 私の求婚に応えてくれないなら、
 
 もういっそ、誘拐してでも…………
 
 婚姻届に無理やりにでも判を押させます♪」
 | 
    
      |  | 光一 
 「君は色々必死になりすぎだろ!!
 
 だから三十路手前はって言われるんだ!」
 | 
    
      |  | 清香 
 「彼が好きな女性をつきとめて、
 
 色々弱みを握ったり、ちょっと脅かしてみたり……
 
 なんとか逆転劇を図ってみようかと」
 | 
    
      |  | 光一 
 「事が陰謀家めいていて怖すぎるよ!!
 
 君達姉妹、必死になりすぎだろ!!」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「で、結局のところ、何が言いたいんですかぁ?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「まあ、君達の例にも現れているけど。
 
 小学生なんかだと、好きな女子に意地悪をしてしまうのは典型例。
 
 『好き』って言葉が欲しいんだけど、期待できない。
 
 あるいは周囲にその関係を知られるのが恥ずかしいので、
 
 『アンタなんて嫌い』って感情行為を欲しがってしまうんだね。
 
 これが大人になると……たちが悪い。
 
 ストーカーに走ってしまうケースがある」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「あー、今でも問題になりますよねぇ……」
 | 
    
      |  | 清香 
 「交際を申し込んで断った女性とか、
 
 縁を切られた女性に対して
 
 男性がストーカーするってありますね」
 | 
    
      |  | 光一 
 「あれは『言葉の栄養』に関して、
 
 プラスのストロークが得られなかった場合だね。
 
 よって、生きるためには栄養が必要…………
 
 なので、マイナスのストローク、
 
 つまりはマイナス方向の負の栄養でも手に入れたい、
 
 そういう事なんだよ」
 | 
    
      |  | 清香 
 「つまり、『好きになってもらいたい』のに、
 
 現実そうなってくれないので、
 
 『自分を嫌ってもらいたい』という行為にいきつくと」
 | 
    
      |  | 光一 
 「結果として相手の女性が
 
 『イヤ、もう付きまとわないで!』
 
 『アナタは嫌いだから別れたの!』
 
 と、マイナスの言葉を投げかけてくれれば、
 
 このマイナスのストロークを欲しがっている、
 
 ストーカーしている男性自身はね、
 
 負の側面とは言え、栄養を貰い続ける事が出来る。
 
 構ってもらう事が出来たんだ。
 
 よって、ストーカーがより苛烈に続いてしまうわけだ」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「なるほど、その点は分かりましたぁ♪
 
 なるほど、だからそう言う事ですかぁ!
 
 それで、マスターも夜な夜なストーカーしてるんですね♪」
 | 
    
      |  | 光一 
 「大きな声で何を言ってるの、アナタ!?」
 | 
    
      |  | 清香 
 「マスター……犯罪行為にまで……」
 | 
    
      |  | 光一 
 「完全な誤解です!!
 
 と、話が少し逸れたけど…………
 
 これが『言葉の栄養』、『ストローク』と呼ばれるものだ。
 
 人間は生きる上では、相互作用が重要だと言う事だね。
 
 人間は生きる上で『ストロークを得る』事が目的でもある」
 | 
    
      |  | 清香 
 「出来る限り、プラスの方向に行きたいですね。
 
 前回もプラス評価なんて話をしていましたけど」
 | 
    
      |  | 光一 
 「そうだね。相手に喜ばれる。
 
 あるいは相手を気遣えると言う事が、非常に重要。
 
 うつ病の人に接するだけに関わらず、
 
 常日頃の人間関係でも心がけたい事だね。
 
 マイナスのアプローチは結局マイナスなんだ。
 
 相手を非難して不快な思いにさせても、
 
 そこから建設的な方向性は見えないものなんだ。
 
 かえって相手の感情を屈折させて、
 
 歪んだ人間を創ってしまう可能性があるね」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「で、『言葉の栄養』の話はそこまでとして…………
 
 もう一つの話題は『思考する勇気』でしたよねぇ?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「これについては、うつ病とも関係…………
 
 『視線恐怖』とか『不安障害』『念慮』なんかに関わってくるね」
 | 
    
      |  | 清香 
 「というと?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「うつ病には発症に至るまで、様々な要因がある。
 
 外因的なものだったり、内因的なものだったり……
 
 ここで詳細は長くなるので今回は省こう。
 
 人格形成過程において、子供から大人になっていく中、
 
 基本的な人格・思考の形成がされるのは分かるよね」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「ですねぇ」
 | 
    
      |  | 光一 
 「初回で話をしたと思うのだけど、
 
 『気持ち(心)』、『行動』、『考え』
 
 この3つのバランスが保てる事が重要だと言ったね」
 | 
    
      |  | 清香 
 「そうでしたね。
 
 うつ病の場合、このバランスが崩れているので、
 
 はやる気持ちや考えを抑えて、
 
 行動は『〜したい』を中心にすべきと」
 | 
    
      |  | 光一 
 「今日はこの3つの内、
 
 行動について重点を置いて後半の話としよう」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「というと……タイトルが『思考する勇気』でしたよねぇ?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「まず、人間として行動原理が『〜べき』という義務感
 
 これ一色に染まってしまっている人間は、
 
 非常にその動機として危ういとしなくてはいけない」
 | 
    
      |  | 清香 
 「義務感だけでの行動はエネルギーを消耗する
 
 その点を言ってましたよね」
 | 
    
      |  | 光一 
 「それだけではなくて、これは個性を大事にしない。
 
 『自我』あるいは『自分自身の考え』に犠牲を強いるんだ」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「なんでですかぁ?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「これは前回話をした事だけど、
 
 うつ病の人、あるいはなる可能性のある人。
 
 この人たちにかなりの部分で、
 
 『〜べき』…………
 
 つまり、周囲の評価を第一として、
 
 自分の心の在り方を脇に置いてしまう人が多いんだ」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「あ、そう言えばそうでした」
 | 
    
      |  | 光一 
 「うつ病は精神論が好きな人には
 
 『甘え病』と言われる事が多い」
 | 
    
      |  | 清香 
 「そうですね」
 | 
    
      |  | 光一 
 「しかし、臨床例では、うつ病患者の多くは、
 
 そうした『甘え・不真面目』とは真逆の
 
 『責任感が強く生真面目』で『優等生タイプ』の人に多い」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「マスターが生真面目!?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「…………今、釈然としないものを感じたが、
 
 基本的に多いのが真面目すぎる、優等生すぎる人達なので、
 
 『仕事で燃え尽きて、うつになる』
 
 『不満などを言う事がためらわれる』
 
 『出来るだけ自分で全てを行おうとする』
 
 『他者の援助を求めるのを、恥ずかしいと思う』
 
 などのような傾向が強く出ている。
 
 つまり、基本的な行動原理が『〜べき』なんだ」
 | 
    
      |  | 清香 
 「『我慢するべき』とかそういう事ですか?」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「かえって毎日を一生懸命に頑張って、
 
 何でも真面目に取り組んで、人に気を遣う人の方が
 
 うつ病になりやすいって事ですか?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「はっきり言うと、自分を抑えて他人を優先する人だね。
 
 過渡なプレッシャーを受けやすいんだ。
 
 『決められた時間内に全てやるべき』とか、
 
 『成果を絶対にあげるべき』とか、
 
 『他人とは争わないべき』とか、
 
 『理想の家族像を作るべき』とか、
 
 『みんなの期待に応えるべき』とか
 
 『自分は置いておいて、他人を優先すべきとか』」
 | 
    
      |  | 清香 
 「自分の心や考えは置き去りにするから、
 
 時間と共にストレスばかり増大すると。
 
 少しずつでも日々蓄積されたストレスで
 
 いつの間にか取り返しのつかないトコまで行きつくと」
 | 
    
      |  | 光一 
 「そうだね。
 
 あるいは自分に与えられた仕事が
 
 自分の裁量を越える範囲だったとしてもこれを断れない。
 
 『やるべき』って考えてしまう。
 
 というか、この『〜べき』っていう考えは、
 
 幼少から植え込まれて、育てられた可能性が高い」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「というとなんですかぁ?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「大人が『〜べき』という態度で子供を育てる。
 
 つまり、『皆が勉強しているから、お前もすべき』とか。
 
 まあ、何でも良いけど……基本的には
 
 『子供に何かをさせたい時の、命令系』だね」
 | 
    
      |  | 鳴島 
 「でも、それって多くの親がそうじゃないですかぁ?」
 | 
    
      |  | 光一 
 「うん。ここで問題になるのは、その親子関係のあり方だね。
 
 往々にして大人自身も、子供の理想となるような行動は
 
 必ずしも出来ていないものなんだ。
 
 大人が出来ていない・出来なかったものを、
 
 あたかもそれは正しい事に思えるので、
 
 子供に対して『〜するべき』事として教育するわけだ」
 | 
    
      |  | 清香 
 「つまり、大人の考えが子供に押しつけられると」
 | 
    
      |  | 光一 
 「この時、親子関係が良好なものならいいけど、
 
 養育の中に『恐怖』を伴う関係だと、
 
 子供の思考構造は、大人になるにつれて
 
 『〜したい』という欲求ではなく、
 
 周囲に合わせる『〜べき』を行動原理にしていってしまう」
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      |  | 鳴島 
 「何でですかぁ?
 
 人間だれでも、したい事を原理で行動するんじゃ?」
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      |  | 光一 
 「さっき、『恐怖』と言ったね。
 
 悪い親子関係では
 
 親が思い描く理想通りに子供が動かないと、
 
 『罰』を前面に打ち出してくるんだ。
 
 酷い場合にはご飯を抜いたりとか」
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      |  | 清香 
 「そうすると繊細な子供の心としては、
 
 『罰』を受ける『恐怖』に萎縮してしまって、
 
 自分のしたい事を抑え込むタイプになってしまうと?」
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      |  | 光一 
 「そういう事だね。
 
 なおかつ、こういうケースで養育側の親もね、
 
 親自体が『周囲の評価を第一』
 
 『子供の個性・人格を認めない』
 
 ってケースが多い。
 
 親が『周囲の人に合わせるべき』で行動しているから、
 
 しかもそれが自分自身の考え方だと思ってるので、
 
 押しつけられた子供も『自分の個性・考え方』
 
 これを失ってしまいがちなんだ。
 
 欧州なんかだと大人達は、子供だって子供なりの
 
 人格・個性を持っている同じ人間だって考えるんだけど、
 
 日本は子供を『未熟で人格・個性は持っていない』
 
 って考えてしまう大人達が多い」
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      |  | 鳴島 
 「子供の個性を認めないって事ですかぁ……
 
 というか、親自体も『〜べき』で子供に当たってしまって、
 
 実際には自分の考えを持っていないケースが
 
 多いってことなんですねぇ」
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      |  | 光一 
 「そういう事。その場合その子供たちがね、
 
 大人になって社会人として苛烈なストレスにさらされると、
 
 自分の抱える不満は全て抑え込んで、
 
 しかもプライベートで『〜したい』事も発見できず、
 
 最終的に破たんすると、うつ病になってしまう場合がある。
 
 『〜したい』っていう自分自身の欲求を抑え込まれたから、
 
 自分がしたい事が無い人間になってしまう事が多い。
 
 人生を豊かにする趣味が無い。無趣味な人間ね」
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      |  | 鳴島 
 「あ〜…………」
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      |  | 光一 
 「重要な帰結点を述べるとね、
 
 1.成長した時に『考える』心を持たない人間になる
 
 2.自分が『自立』した時、『考える』心が無いので、
 
 自分にそれまで接してきた大人達の考え方を、
 
 自分自身の考え方だと錯覚してしまうんだ」
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      |  | 清香 
 「自分が子供の頃から『〜しなくてはいけない』
 
 って押しつけてきた大人達の考え方が、
 
 完全にすりこまれてしまって、
 
 本当は自分の考えじゃないのに、
 
 それが自分の考えだと思い込んでしまうって事ですね」
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      |  | 光一 
 「そう。こういう風に育った人間の行きつく先としてはね、
 
 『皆がやっている事は、自分もしないと
 
 社会的制裁を受けるんじゃないか?
 
 『怖いから』『罰せられない』ように行動しよう』
 
 という、健全でない思考様式を持つ人間になってしまう」
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      |  | 鳴島 
 「何に関しても周囲の評判が一番。
 
 自分自身の考えは持つべきではない……と」
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      |  | 光一 
 「こうした人間になってしまうと、なった当人は、
 
 非常にツライと思わないかい? 生きにくい」
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      |  | 清香 
 「確かに…………」
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      |  | 光一 
 「何故非常に楽しくない人生になるかと言うと、
 
 これは『個々人を大事にする(認める)』事の無い
 
 そういう生き方になっているからだね」
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      |  | 鳴島 
 「個々人を大事にしない? 認めない?」
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      |  | 光一 
 「思考構造が『周囲への恐れ』だけで構成されているから。
 
 これは、個々人の個性が生き生きとした社会を認めない。
 
 嫌々ながらでも、周囲にあわせて生きるべき。
 
 周囲の考え方が自分の考え方だ……となっちゃうから」
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      |  | 清香 
 「そういう思考様式が進むとどうなるんですか?」
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      |  | 光一 
 「例えば症例として…………
 
 『視線恐怖』なんてのも出てくる」
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      |  | 鳴島 
 「今日更衣室で着替えていたら、
 
 マスターの視線を感じて恐怖を覚えたんですがぁ、
 
 これは視線恐怖ですかぁ?」
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      |  | 光一 
 「あ、それは実際に君の巨乳を拝見しようと
 
 ついついのぞいていたので、実態があるから
 
 『視線恐怖』ではないね。
 
 『視線恐怖』には実は実態が無いんだよ」
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      |  | 清香 
 「け、警察へ通報を……110と……」
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      |  | 光一 
 「まった、待って! 出来心なんです!!」
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      |  | 鳴島 
 「で、マスターへの社会的制裁は先延ばしして、
 
 話を続けてください」
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      |  | 光一 
 「『視線恐怖』というのは、すれ違う全ての人の視線が、
 
 自分に注がれていて、それが敵意を持っているように感じたり
 
 そういう恐怖を感じる症状だね」
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      |  | 鳴島 
 「あー、実際にない事をあると思い込むってやつですねぇ」
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      |  | 光一 
 「自分の価値観を『周囲への恐れ』のみで規定して
 
 それで育ってしまったため、
 
 『周囲への恐れ』が転じて、
 
 「自分は悪い事をしたんじゃないか?」
 
 「周囲の人は私を責めてるんじゃ?」
 
 こういう考えがつきまとうようになり、
 
 ありもしない恐怖が実感のものとなってしまうんだね」
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      |  | 清香 
 「一種の妄想なんですね」
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      |  | 光一 
 「そうだね。この時、自分の考え方が持てなくて、
 
 『もし』私が悪いんだとした『なら』
 
 『もし』周囲が私を責めてる『なら』
 
 という恐れが事実だと思い込んでしまうと、
 
 これは『念慮』などになってしまう。
 
 症状が進めば『被害妄想』なども生じ得る」
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      |  | 鳴島 
 「結局どうするのが良いんですかぁ?」
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      |  | 光一 
 「まず、『妄想』という形は自分の考え方を伏せてしまい、
 
 『周囲への恐れ』によって発展形として表れる。
 
 妄想は肯定するんじゃなく、
 
 実際の事実関係を大事にする治療が重要なんだ」
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      |  | 鳴島 
 「なるほど」
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      |  | 光一 
 「結局、『人間の中心は考える事』というわけ。
 
 行動の動機を『〜したい』に据えて、
 
 何が正しい、正しくないという基本的態度を作る。
 
 周囲に惑わされない。
 
 一番肝要なところ。結論としては……
 
 『考える勇気を持つ』という事だね。
 
 周囲への『恐怖』で思考する構造を改める事だ」
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      |  | 鳴島 
 「なるほど、分かりましたぁ♪
 
 『プラスの言葉の栄養』に
 
 『考える勇気を持つ』という結論ですね。
 
 ところで、社会的な制裁は別の話だと思うのでぇ、
 
 マスターが更衣室をのぞいていた件に関しましては」
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      |  | 清香 
 「時給のアップなりなんなり、
 
 私達に特別の便宜が図られないのであれば」
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      |  | 鳴島 
 「110番への通報はやむを得ないかと♪」
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      |  | 光一 
 「き、君達!!
 
 人を恐怖でコントロールするのはよろしくない!
 
 話せば分かる。話せば分かる!!」
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