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光一
「ふー…………ホント、色々買ってきたなあ」 |
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鳴島
「何を買ってきたんですかぁ?」 |
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光一
「いや、同人誌をね。もう沢山買ってきてしまって。
夏コミの1日目に行って来たんだけども」 |
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鳴島
「同人誌って言うと…………」 |
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清香
「ゲームやアニメに登場する高校生位の女子を、
男子が欲望のままに無茶苦茶にして、
白濁液まみれにする、薄い本の事だよ」 |
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鳴島
「マスター!!
なんて卑猥な!?」 |
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光一
「卑猥言うな!!
それと私が買ったのは健全本ばかりだ。
今回はたまたま18禁本は混じってないよ!!」 |
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鳴島
「で、幾らぐらい使ってきたんですかぁ?」 |
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光一
「いや、ほら。移動費用とか色々あるからね、
同人誌だけで費やしたわけではないんだよ?」 |
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清香
「つまり、予定を遥かに上回るお金を、
ずんずんつぎ込んでしまった……と」 |
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鳴島
「まるでアレですね。
休日にパチンコ屋さんに行って
『まだ、あと5000円つぎ込めば、
大当たりが来て挽回できるんだ!!』
って、泥沼にはまっているお父さんみたいですね」 |
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光一
「違うよ!! 全然彼らとは違うよ!!」 |
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清香
「アニメ・ゲーム・同人誌依存症みたいですね」 |
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光一
「依存症ってレベルじゃないよ!!」 |
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鳴島
「えー……だって、どんどんお金を使ってしまって、
買わないといられないんですよねぇ?」 |
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光一
「うーん……じゃあ、今日は『依存症』について話をしよう。
今までは以下の3つの話をしてきたね。
1回目:周囲の支援・理解と、患者自身の問題
『うつ病……周囲に理解してもらえるか、微速でも進めるか?』
2回目:患者の行動の重要性について
『うつ病その2……『行動療法』ついてその1』
3回目:ストロークと自分自身の価値観を作る重要性
『うつ病その3……言葉の栄養と、思考する勇気』」 |
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鳴島
「今回で、うつ病・精神病関連の話は4回目になりますねぇ」 |
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光一
「で、今回は『依存症』について話をするけど…………
君たちは『依存症』というと、何を連想する?」 |
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鳴島
「うーん、ギャンブル依存症とかぁ?」 |
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清香
「アルコール依存症とかですかね」 |
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光一
「そうだね。そういうのも含まれるよね。
基本的に『依存症』には以下のようなタイプがあげられる。
『物質依存』:名前の通りお酒や煙草への依存など。
『プロセス依存』:ギャンブルやネット依存など。行為による依存。
『人間関係依存』:分かりやすいと思うけど、誰かへの依存など。
まあ、こうしたタイプが大まかに言われるものだね」 |
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鳴島
「うーん、でもなんとなく分かるようで分からないんですがぁ」 |
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光一
「どの辺りがだね?」 |
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鳴島
「ギャンブルとかお酒が依存症になるのは
目に見えて分かる気がするんですよぉ。
いっつもお酒を飲み続けているとか……
でも、どの範囲まで来ちゃうと『依存症』になるんです?
人に依存するなんて、あり得る事だし、
お酒だった沢山飲む人もいますよねぇ?」 |
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光一
「綾香君にしては、珍しく良い質問!!」 |
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鳴島
「どういう意味ですかぁ!?」 |
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光一
「えっとね、『依存症』の範囲としては基本的に、
『本人と周囲の人が困るか否か』だね」 |
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清香
「沢山お酒を飲んだり、普段パチンコに行っていても、
それで本人が困らないとか、
家族や友人が困らないレベルで済んでいれば、
『依存症』ではないと?」 |
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光一
「少なくとも、その段階ならば、
誰も困っていないからね。
精神科や心療内科に行くレベルではないね」 |
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鳴島
「でも、自分が困るようなレベルになれば、
基本的には自制がきいて、依存症にならないのでは?」 |
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光一
「そこも要点をついた質問だね。
依存症になると多くの人は『否認』という行動をとる」 |
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鳴島
「『否認』?」 |
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光一
「つまり周囲の人が、
『アナタ、パチンコにお金を使いすぎじゃ?』
『もう、お酒やめた方が良いよ』
『そんなにバッグを買ったって使わないでしょ?』
って自制を求めたり、声をかけても……
『オレはパチンコになんて、はまってなんてない!』
『大して飲んでない! 普通の量だ』
『これぐらい買ったって普通だよ!』
って、自分が依存症である事を認めようとしない」 |
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清香
「あー、なるほど…………。
もうこの段階だと、周囲に悪影響が出ているわけですし、
状況としては『依存症』なんですね」 |
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光一
「そう。ただ、当然だが、『依存症』になりたくて、
その人がなっているわけではない」 |
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鳴島
「というと?」 |
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光一
「うつ病にも通じるものがあるんだけど、
『〜依存症』にかかりやすい人には傾向がある。
それは『日々の変化が無い、あるいは変化を感じない人』
こういう人の方が陥りやすいんだ」 |
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清香
「なんでですかね?
日々の暮らしに変化が無い……
ということは、平凡な暮らしが出来ているはずでは?」 |
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光一
「考え方を転換してみてくれ。
『日々の暮らしに変化が無い』と感じるというのは、
『日々の暮らしに喜びを見いだせない』って事なんだ」 |
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鳴島
「毎日がつまらない……って事ですかぁ?」 |
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光一
「そう。日々の生活の中に、小さな喜び、幸せを感じられる人。
こういう人は『依存症』には陥りにくい。
同時に、うつ病にもかかりにくい傾向の人になる。
私は休職直前まで『毎日つまらない。仕事も私生活もつまらない』って思ってた」 |
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鳴島
「何ででしょうかぁ?」 |
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光一
「日々、小さな幸せ・喜び・刺激を感じられる人は、
ストレスもためこまないし、日々の充足感があるので、
何かに異常なまでにのめりこむ必要がないんだ」 |
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清香
「仕事や学校・家庭生活・プライベート…………
それぞれに楽しみが少しずつでもあれば、
単調な日々にならないで済みますね」 |
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光一
「そう。逆に生活全体に
喜び・幸せ・刺激を感じないと言う事は
日々が灰褐色の単調でつまらない状態……なわけだ。
しかし、人間は幸せや喜び、刺激を求めたい、
そういう欲求は誰でも持っているものだ」 |
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鳴島
「そうですよねぇ」 |
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光一
「なので、日々ストレスをためこみ続ける、
単調な生活で心に空白が長く続いている、
毎日変化が無いので、ストレスと心の隙間は
どんどんどんどん蓄積されていく…………」 |
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清香
「爆発すると、うつ病になりそうですね」 |
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光一
「それもそうだね。
うつ病はいくつもの症状を併発するのが珍しくない。
で、こうした蓄積が続くと、
ストレスを解消したい……心の隙間を埋めたい……
って衝動が常人では考えられない、
異常なまでの欲求に転換されてくるわけだ」 |
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鳴島
「そうすると『依存症』になりやすくなる……と?」 |
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光一
「そう。例えばパチンコなどのギャンブルで散財する。
たまに勝つ事もあるよね?
そうすると、どうだろ?
君たちはたまにしか勝てないゲームで、
もし勝った時に、どういう感情を持つ?」 |
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鳴島
「それはかなり嬉しいですね」 |
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光一
「でも、ギャンブルはランダムだ。
勝利がたまに来る。たまに強い喜びが来るので、
それを得たくてどんどんのめりこんでしまう。
心の隙間が大きく、日々が単調な人ほど、
ある程度で切り上げる事が出来ず、
その刺激を求め続けてしまうんだ。
これを『部分強化』という」 |
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清香
「『部分強化』?」 |
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光一
「何かをした時に、必ず報酬があるのを『全体強化』と言い、
何かをしても、ランダムでしか報酬が無いのを『部分強化』と言う。
これは心理学的な用語ね。
『全体強化』では報酬は必ず貰えるので、
人は熱狂的にのめるこむことはなく、
必要な時だけその事にうちこめるわけ。
『部分強化』では報酬は貰える時とそうでない時があるので、
人は報酬を欲しくて欲しくて、
必要が無くても刺激欲しさに熱中してしまう。
パチンコに人がはまるのは、そういう心理があるんだ」 |
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鳴島
「あー、それは分かる気がします」 |
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光一
「話がギャンブルの方向に行ってしまったけど、
『〜依存症』は
1.日々の生活に変化がほぼない人
2.ストレス・心の隙間を抱え、蓄積されていく人
が陥るケースが非常に多い」 |
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鳴島
「そうなると、ストレス発散・心の隙間を埋めるために、
何かに異常にはまりこんでしまう…………
という事ですかぁ?」 |
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光一
「そういう事。
それによって、自分自身も経済的・社会的ダメージを受け、
家族や友人関係も崩壊してしまうんだが…………
そこまでのレベルに至って『〜依存症』という事になる」 |
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清香
「本人が気がついて、
お酒や買い物癖などを止めたいと思う事もあるのでは?」 |
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光一
「うん。往々にしてある。というよりも、
まるで『双極性障害』……抑鬱に聞こえるようだが、
これも気持ちの高揚と沈み込みが激しくて、
本人はすごく苦しんでいるんだ」 |
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鳴島
「というと?」 |
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光一
「ギャンブルや大量の買い物をした時は
とにかく楽しい・嬉しい……気分は高揚して、
日々のストレスが発散され、
気持ちの隙間が埋められた……ような気がしてるんだ」 |
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清香
「決してそうではないと?」 |
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光一
「うん。ギャンブルや買い物から帰ってすぐ、
あっという間に気持ちが大きく沈むんだよ。
『何でこんなにお金と時間を使ったんだろ』
『何でこんな意味の無い事をしたんだろ』って」 |
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鳴島
「でも繰り返しちゃうんですよねぇ?」 |
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光一
「そう。この事でさらに
ストレス蓄積と心の隙間の拡大が発生する。
だから、より強いレベルの刺激を求めて、
何かに依存してしまうんだ。
ギャンブルやお酒、買い物から抜け出せない構造だ」 |
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清香
「うーん…………」 |
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光一
「そして、今日の最初にも話をしたけど、
依存症になった人の多くは
『自分はハマってない! 依存症じゃない』
と『否認』をして認めようとしないんだ」 |
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鳴島
「何ででしょうね?」 |
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光一
「その人は日々の生活がとにかく単調なんだ。
喜びや幸せを感じにくいんだ。
だから、刺激を与えてくれる依存対象を離せない。
なので、自分が何かにハマっている事を認められない」 |
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清香
「なるほど…………」 |
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鳴島
「じゃあ、コミケに行って同人誌を買い漁り、
用意していた以上のお金をつぎ込んでしまうあたり、
マスターは自分が『ハマって』ることを否認してますねぇ♪」 |
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光一
「私のは『否認』じゃない!!
そんなに言う程、ハマってない!!」 |
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鳴島
「ほら、マスター、『否認』してますよぉ。
マスターも立派な『(同人誌)買い物依存症』ではぁ?」 |
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光一
「だから、『〜依存症』はそれで周囲も困るか否か、
そこが基準点の一つと言ったじゃないかね!
別に、私の嫁さんも困ってないし、
生活資金に手をつけたわけでもないからね!」 |
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鳴島
「…………ほら、必死で『否認』を続けてる♪」 |
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光一
「ぬ……が……」 |
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清香
「で、話が随分逸れ始めましたが、
『依存症』を治すためにはどうしたら良いんですかね?」 |
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光一
「『依存症』から抜け出すためには幾つかの方向がある。
1.まず『依存症』であることを認める事。
そこが全てのスタートになる。でないと、治療にならないから」 |
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鳴島
「でも、それって難しいですよねぇ」 |
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光一
「だからこそ、周囲の人が支えて欲しい。
うつ病同様に、こうした心療内科的な疾患は周囲のサポートが重要だ。
適切な精神科・心療内科にその人を連れだして欲しい。
本人が気がつく事が何より大事だが、
なかなか本人だけでは気がつけないんだ」 |
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清香
「なるほど……それは言えてますね」 |
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光一
「うつ病患者にも多いんだけど、依存症にも多い傾向。
これは前にも少し話をしたんだけどね……
『〜したい、けど〜』とか
『〜ですね、けど〜』っていう思考構造が強い。
基本的には依存症は「Yes、But思考」なんだ。
つまりね…………医者が言うわけだ。
『お酒はやめましょう。アルコール依存症を治しましょう』
すると、言われた依存症の患者はどう反応する?」 |
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鳴島
「お医者さんに言われたんですしぃ、
治すために医者に来たんですからぁ、
『分かりました。お酒を止めて、依存症を治します』
って言うんじゃないですかぁ?」 |
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光一
「そうなってくれる人の場合は、治療が早期に完了できる。
うつ病についても、そうだと治りは早い」 |
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清香
「そうじゃない人が多いんですかぁ?」 |
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光一
「そう。先ほども言ったように、
『〜ですね、けど〜』っていう思考構造があるんだ。
そうするとこうなる。
『お酒はやめるべきですね、けど出来ないと思う』
と、進むべき方向性を否定してしまう、
この傾向があるので、依存症を治すためには次の事も必要。
1.まず『依存症』であることを認める事。
これに続いて、
2.『〜ですね、けど〜』の思考構造を『〜ですね』に改める」 |
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鳴島
「物事に前向きな思考構造に変えるんですね」 |
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光一
「そういう事。これは、うつ病の治療過程とも合致する」 |
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清香
「でも、これだけだと『〜依存症』は治らないのでは?」 |
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光一
「というと、何でだね?」 |
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清香
「『依存症』の根本にあるのは、
『日々の生活に変化が無い、喜びを感じない』ので、
『日々のストレスを蓄積し続ける、心の隙間が拡大する』
ということですよね?
だったら、一度は依存症を治しても再発してしまうのでは?」 |
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光一
「その通り。これだけでは治療は完全ではない」 |
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鳴島
「するとどうします?」 |
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光一
「こういう人に
『買い物をするな!』
『パチンコをするな!』
『インターネットにはまるな!』
と、禁止用語だけ並べても厳しい。
日々の蓄積されるストレス、心の隙間は、
もっと深刻なものになってしまうからね」 |
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清香
「うーん…………」 |
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光一
「だから、そうした依存対象から少しずつ抜けてもらう。
その一方で、
『日々の生活にわずかでいいので変化を持たせる』
『わずかずつの喜び・幸せを感じさせる』
この事が大事になってくるね。
そうすれば日々のストレスは、
その日その日で解消され、深刻化しない。
心の隙間も日々広がる事はないわけだ」 |
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鳴島
「なるほど…………
そうすると、前、マスターが言っていた話に結びつきません?」 |
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光一
「というと何だね?」 |
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鳴島
「『〜したい』っていう思考様式を持って、
人生に彩りを添えるっていうやつですよぉ」 |
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光一
「そうだね。うつ病にしても依存症にしても、
普通の人なら持っている『生きがい』『好きな事』
などなどが無いケースが多い。
そうした物を、少しずつ見つけて、
自分と周囲の人が幸せになれる方向に進めば、
治療は進みやすくなるし、幸せになれるね」 |
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清香
「じゃあ、お姉ちゃんは週末に
私を買い物に付き合わせるのを止めるトコから始めよう」 |
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鳴島
「何故!?」 |
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清香
「私が困る程に依存しているから♪
私にベッタリじゃない、お姉ちゃん。
何をするにしても『清香、一緒に来て』だのなんだの」 |
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光一
「あー、清香君の生活がそれによって
非常におびただしい悪影響を受けているなら、
それは綾香君の清香君に対する『人間関係依存』だね」 |
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鳴島
「ちょっと、ちょっとぉ!!
絶対そんなハズないですよねぇ!?
清香も否定してよぉ!!」 |